2022/09/01
第44回 : 品質基準、品質試験の考え方
アパレル散歩道
2021/05/15
2021.5.15
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昨年の8月から、アパレル製品の品質管理をテーマにコラムを続けていますが、今回は、品質管理部門の課題と題して、話を展開させていただきます。長年、スポーツを中心に品質管理、商品開発に携わった経験から、組織や人材について、「もっと若い時からこのことが理解できていたら」、「もっとこうしていたなら」という思いや反省がたくさんあります。これらを含めて、ぜひ皆様にご一読して頂きたいと思います。
- 品質とはなにか
品質とは、一般に製品の使用用途や目的への適合性のことです。言い換えると、品質は、消費者の満足度に相当します。消費者がある製品を欲して、その製品を流通に提供したとき、消費者の満足度で、その品質の適否は決定するでしょう。また、その品質の水準も、消費者の価格優先・機能優先・納期優先など意識の違いによっても変わることもあります。
私のスポーツメーカーでの現役時代の例として、野球ユニフォームを一つ挙げます。野球は、わが国でも国民的なスポーツであることは周知の事実ですが、リトルリーグ、高校野球、大学野球、社会人野球、プロ野球など色々な階層に分化しています。そしてユニフォームに求められる性能も、「高校野球なら、比較的安価で耐久性のあるもの」であり、「プロ野球なら伸縮のある着用感に優れ、夜間照明に映えるもの」などと、それぞれ異なる性能が求められます。
このため、消費者の要求が複数である以上、野球ユニフォームとして単一の品質基準をもつことは現実的でなく、複数の品質基準があってしかるべきとなります。他のアイテム商品でも同じことがいえます。これらはマーケティング手法の基本となります。
さて、衣料品の品質や機能は、「材料(生地や副資材)」と「製品(パターンや縫製仕様)」の2つで構成されます。このため、この2つの品質をコントロールしなければならず、材料から最終製品まで一貫した品質管理が求められます。
- 品質基準は、消費者の要望をうけて作るものです。
- 同じ服種でも、消費者ニーズが異なれば、品質基準は変わることがある。
- グローバルな体制
我が国のアパレル生産では、今や海外生産比率が95%を超えており、むしろ店頭やカタログで日本製を探すのが稀になっているのが現実です。特に中国、アセアン地域からの輸入が大きな比率を占めています。一方、海外生産品をそのまま海外で販売する海外内販の強化も求められています。このため販売国の品質基準、安全基準、適正表示ルールなどを把握し、適合させることが大切です。特に、海外規格は、わが国のJIS規格とは異なり、きびしい法律的な運用がされていますので、国別の規格や法令の運用状況を事前に確認してください。
- 仕入先との役割分担
モノつくりの流れを考えると、①試作から展示会まではアパレルメーカーの責任、②本生産以降は仕入先の責任、そして③流通・販売時は再びアパレルメーカーの責任になるでしょう。したがって、アパレルメーカーから仕入先、そして再びアパレルメーカーに上手にバトンが渡るように、いろいろなルール決めをしておかねばなりません。バトンが品質情報に他なりません。
- 繊維製品のモノつくりは、「ばらつき」をまとめること
衣料品の製造工程は、繊維⇒糸⇒織編⇒染色・仕上げ加工⇒縫製などがありますが、いずれの部門でも品質のばらつきはある程度発生します。このため、最終の完成品段階で、ばらつきを最小にする技術、工夫や仕組みが必要になります。
- 製造工程でのばらつきは、製造ロット間、ロット内で発生する。
- 生地のばらつきは、染色ロット、コーティングロット、プリントインク調合ロット、生機ロットなどで発生する。
- 縫製のばらつきは、縫製機器の不良、オペレーターの熟練度、中間検査や最終検査の適否などで発生する。
- 品質基準の作成は、比較的容易である。むしろ、これを適切に運用する(させる)ことが難しく、その工夫と努力が大切となる。
- 価格と耐久性は比例しない
最近の素材や製品の開発傾向は、次の表の通りです。しかし、これらをよく検討すると、残念ながら品質リスクは増加する傾向であることは否定できません。
新素材の傾向 品質リスクの内容
1 軽量化 ファインデニール化、低密度化、ローゲージ化、芯地、裏地などの省略などによる強度低下、耐久性低下のリスク
2 ソフト化 ファインデニール化 柔軟加工などによる強度低下などのリスク
3 ストレッチ化 高捲縮加工糸 ポリウレタン糸混用などなよる型くずれ、スナッグなどのリスク
4 ファッション化 昇華プリント 製品染め しわ加工 オパール加工 濃淡配色などによる染色性や強度低下のリスク
5 ハイブリッド化 異素材との組み合わせ、スマートテキスタイル、スマートウエアなどによるリスク
6 その他 非フッ素系はっ水剤によるはっ水低下のリスクなど (撥油性の低下懸念)
- 同じと同じはずは違う
アパレル本社に品質トラブルの一報が入ったとき、「仕様書は間違っていないか」、「この生地の加工条件はどこかで変更されたのか」、「縫製工場で検品内容に変更があったのか」など色々な疑問や質問がでます。その時、「変更していないはず」とか「同じはず」という「はず」コメントが必ず出てきます。海外生産では、予告なく仕様や材料が変更されるサイレントチェンジのリスクもあります。調べてみたら、後日「変更されていた」、「忘れていた」、「間違った」というケースもありますので、ご注意ください。
最後まで、物事の真実を追求する習慣を身に着けていただきたいと思います。
- 「同じ」と「同じはず」は違う。先入観は限りなく持たないこと。
- 最後まで物事の真実を追求する習慣を身につけること。
- 過度な性善説はとらない
仕入先様には申し訳ないですが、仕入先などに過大な期待をかけないことです。①お願いしたとこは全部やってくれるだろう、②改善指示はすべて実現してくれるだろう、③先方がなにも言わなかったから大丈夫だろう、などです。先方に依頼したことは、適切なタイミングで、改善進捗をチェックするルール作りが大切です。「性悪説を取るように」とまでは言いませんが、何事も自ら客観的に改善の進捗を確認する業務姿勢が大切であり、結果として両者にもメリットとなるはずです。
- デメリット表示は企業の良心のアピール
商品に関する情報量は、消費者よりもメーカーが圧倒的に持っています。したがって、消費者が長期間にわたり快適に商品を使用できるよう、法定表示以外にも任意の取扱い注意を提供することが望まれます。特に、5で示したような新素材では、機能のメリットが大きい反面、デメリットも潜在していることがありますので、法定表示だけで十分という考え方でなく、前向きに消費者へ取扱い・メンテナンス情報を発信しましょう。
- 品質不良をデメリット表示で対応するのは不可です。品質不良は改善するか、出荷しないことです。
- 商品に関する情報量は、圧倒的に、メーカー>消費者です。
- 品質事故情報は改善への宝箱
品質管理を日々頑張っていても、どうしてもいくつかの品質事故が発生します。これをどのように処理するのか。消費者には適切かつ丁寧に対応するとして、これらの品質事故は、次のモノつくりへの宝箱と考えるといいでしょう。
品質事故は、単品で発生するケースと、複数発生するケースがあります。特に、気をつけていただきたいのは、後者で、これは製品原因による大量発生のリスクがあります。できるだけ早期に判断することが重要であり、このため、営業やお客様センターからの不良品報告が、少なくとも週一回は集計され、早期に品質管理部門が閲覧してチェックできる社内ルールが望まれます。
- 消費者クレームは、臭いものに蓋は不可。その箱は宝箱となります。
- 同じ品番、同じ事故現象の複数発生は、早期にピンとくること。
- 複数事故の不良原因は、設計不良、生産ばらつき、表示ミスのいずれかであり、複合要因もありうる。
- 技術限界を知れ
以前のコラム「アパレル散歩道⑪」で、技術限界の話をしました。繊維・アパレル関連では、今の科学技術を以てしても改善できないものを素材特性に起因する技術限界と呼んでいます。
先のコラム⑪で紹介したものでは、①ポリウレタン糸の経年劣化、②麻・絹、レーヨン・リヨセルの白化、③ポリエステル素材の分散染料の移行と昇華汚染、④セルロース繊維素材の洗濯収縮、⑤毛素材のハイグラルエキスパンション、フェルト化、⑥ナイロン素材などの黄変などがありました。私たちは、商品企画するにあたり、この案件は素材特性による技術限界にあたるか、単なる品質不良かをきちっと分けて対応する必要があります。
- 「品質不良」と「技術限界」は、全く異なることを認識すること。
- 「品質不良」は改善すべし。「技術限界」は」情報発信すべし。
- 法令は絶対守る
家庭用品品質表示法や不当景品及び不当表示防止法などは、繊維・アパレル業界における代表的な法令であり、またJISサイズ表示規格も、法令に準じた規格です。多くの企業では、企業の社会的責任(CSR)の徹底を進められていることから、法令順守はぜひ徹底してください。
- 法令順守は必須です。会社のCSRの観点からも順守しない理由は全くありません。
- 改善指示は具体的に
仕入先などに改善をお願いするとき、先方に「品質上げてよ」、「何とかしてね」、「たのむよ」では駄目です。
品質基準があるなら、具体的に、基準項目+試験方法+基準値を明確に示して依頼してください。そして、いつ改善が確認できるか、またどのようにして改善したかも重要であり、聞き取ってください。例えば、ピリングを樹脂加工で改善したら、引裂き強さが低下することがありますので注意してください。
- 改善指示は具体的に依頼して、改善結果も報告を受けること。
- 改善方法によっては、新たなリスクが発生するかもしれない。
- 仕入先、メーカーとは、データで話をしよう。
- 不明なことはすべて聞き取れ
アパレル製品のライフサイクルはとても長く、繊維~糸~織編~染色仕上げ~縫製~流通~消費~保管~廃棄~リサイクルなどが挙げられます。これらに関係する知識を我々は、全てを深く持つことは不可能です。
不明に感じた点は、ぜひ仕入先やメーカーに問い合わせて、疑問を疑問としてほっておかない習慣をつけてください。
- 誰でも全てを知っているわけではない。
- 判らないことは知っている人に聞く。 聞くことは恥ではない。
- 質問者ポケットを多く作ること。
- 「知らないこと」を知らないことが問題である。※
- 日々の積み重ねで5年後、10年後のあなたは変わります。
~※無知の知~
「無知の知」とは、「知らないことを自覚する」という意味のソクラテスのことばです。 (Wikipediaより引用)
知らないこと、判っていないことを自覚して、初めて進歩があるものです。
- 品質トラブルは複数原因が多い
品質事故の原因を調査すると、①製品要因、②消費者要因、③技術限界など、原因が徐々に判明しますが、原因が重複しているケースが近年増加しています。最近の材料は、高機能化、軽量化、ファッション化し、また製品もシルエットがスリム化しています。このような材料では、従来の汎用材料より品質基準を低く設定せざるを得ないケースもあり、これに着用や洗濯条件が厳しいほうに振れると、思わぬ品質事故が発生することがあります。
例1: 洗濯堅ろう度(汚染)が3級とぎりぎりのレベルの商品を、長時間つけ置き洗いしたら色泣きした。
例2: 極細高密度織物で、引裂き強さが7Nと少し低いレベルのスリムなパンツを着てしゃがんだら破れた。
色々な理由で品質を下げざるを得ず商品化する場合は、これによる品質事故リスクを正しく予想することが大切であり、消費者には取扱いについて適正な情報を提供すべきと考えます。
- 企画スケジュールの変化
近年、アパレルメーカーではマーケティング政策の精度を上げるために、展示会日程などを遅らせ、逆に早期展開などとして、製品納期を早める傾向があります。ということは、発注から納期までの期間が短縮されるため、その期間内に、材料や製品の品質、調達スケジュールや縫製工場確保が求められます。そのような状況下でも、効率の良い品質管理業務を推進していただきたいと思います。
<最後に>
思いつくまま筆(キーボード)を進めていると、15項目にもなってしまいました。このうち少しでも共感いただき、近年のIoTやSNS技術を活用し、今後のものつくりに反映していただければと思います。
次回コラムでは、外観変化事故の代表である「ピリング」と「スナッグ」に焦点をあて、発生のメカニズムと対策を考えていきます。
コラム : アパレル散歩道19
~繊維製品の品質苦情はなぜなくならないのか~
テーマ : ピリングとスナッグ
発行元
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター 事業推進室 マーケティンググループ
E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp URL:https://nissenken.or.jp
※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
Profile : 清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)
43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。
社外経歴
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長
日本繊維技術士センター執行役員 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会常任委員 TES会西日本支部代表幹事
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