アパレル散歩道

アパレル散歩道

第45回 : ケーススタディ①生地の損傷

2022/10/01

品質事故を分析して原因と対策を考えようアパレル散歩道 品質事故を分析して原因と対策を考えよう

2022.10.1

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《はじめに》
 2020年8月に連載を開始した「アパレル散歩道」ですが、おかげさまで本年8月の第43回で、まる2年を迎えることができました。メインテーマとして、第1回~25回は「繊維製品の苦情はなぜなくならないのか」、第26回~44回は「魅力ある商品を開発するために」を取り上げ、展開してきました。
 本号(第45回)からは、メインテーマを「品質事故を分析して原因と対策を考えよう」として、繊維製品の品質事故原因とその対策を中心に、別角度から紹介してまいります。


表1 「アパレル散歩道」これまでのテーマ
連載
No.
テーマ連載
No.
テーマ
1●-繊維製品の苦情はなぜなくならないのか
初めに
26●-魅力ある商品を開発するために-
アパレル製品のマーケティング1
2アパレルメーカーのものつくり27アパレル製品のマーケティング2
3アパレル製品の品質事故 要因1 ~「繊維」・「糸」28アパレル製品の機能性:運動機能性について
4アパレル製品の品質事故 要因2 ~生地、染色・仕上げ29アパレル製品の機能性:生理的快適性①
5アパレル製品の品質事故 要因3 ~縫製、表示、消費者取扱い30アパレル製品の機能性:生理的快適性②
6品質事故例の紹介 企画・設計不良131アパレル製品の機能性 ~耐久性、安全・安心性について
7品質事故例の紹介 企画・設計不良232羽毛製品 ~ダウンジャケット
8品質事故例の紹介 企画・設計不良333環境にやさしいものつくり
9品質事故例の紹介 生産時のばらつき134ものつくり原点回帰シリーズ ~繊維1
10品質事故例の紹介 生産時のばらつき235ものつくり原点回帰シリーズ ~繊維2
11品質事故例の紹介 技術限界の事例36ものつくり原点回帰シリーズ ~糸
12品質事故例の紹介 表示不適性の事例37ものつくり原点回帰シリーズ ~織物
13品質管理システムを構築しよう38ものつくり原点回帰シリーズ ~ニット(編み物)
14人材教育について39ものつくり原点回帰シリーズ ~染色1
15アパレル製品の安全・安心40ものつくり原点回帰シリーズ ~染色2
16アパレル製品の機能性の考え方41ものつくり原点回帰シリーズ ~縫製1
17スポーツ用品校正競争規約について42ものつくり原点回帰シリーズ ~縫製2
18品質管理部門の課題43ものつくり原点回帰シリーズ ~商業洗濯について
19ピリングとスナッグについて44品質基準、品質試験の考え方
20アパレル製品と関連法令など
21アパレル製品の二次加工(顔料プリント、熱接着プリント)
22繊維・アパレル製品の用語 その1(繊維・糸・織編関連)
23繊維・アパレル製品の用語 その2(染色関連)
24繊維・アパレル製品の用語 その3(縫製関連)
25品質改善の話


  1. アパレル製品の品質事故の種類
     アパレル製品には、紳士服、婦人服、インナー、スポーツウエア、ユニフォーム、子ども服など様々な服種があります。それらの製品には、その服種の目的に適合した繊維素材、パターン・シルエット、配色によって、いろいろな現象の品質事故が発生しています。これらの事故を現象別に分類すると、表2のように8つに分類されます。今回の第45回アパレル散歩道では、最初に「損傷」の中の「生地の損傷」を取り上げます。

    表2 アパレル製品の品質事故の現象別分類
    大分類中分類
    1損傷生地の損傷
    縫い目の損傷
    副資材の損傷
    2外観変化外観変化
    3形態変化形態変化
    4風合い変化
    5色の変化変退色
    汚染・色なき
    白化
    黄変
    6機能低下
    7安全性不適切
    8表示不適正


  2. 生地の損傷
     「生地の損傷」は、アパレル製品に使用している生地が、短期間の着用や洗濯で破れたり、穴があくなどの損傷を受けることです。表3では、「生地の損傷」を具体的に分類しました。

    表3 「生地の損傷」の分類
    大分類中分類
    破れ1.物理的(機械的)作用による脆化
    2.化学的作用による脆化
    3.ポリウレタン糸の脆化
    4.コーティング、ラミネートのはく離
    5.擦り切れ
    穴あき6.虫食い
    7.薬品の付着
    8.溶剤の付着
    9.熱による破損
    パイル脱落10.パイルなど立毛素材の脱落

    以下に、「生地の損傷」を構成する「破れ」「穴あき」「パイル脱落」などについて説明します。

    1. 「破れ」について
      1. 物理的(機械的)作用による脆化
         着用中や洗濯中などに、引張りや摩耗など何らかの外的な機械力が加わり、生地が破れたり、引き裂けたりすることです。事故事例として、4つのケースを表4に紹介します。

        表4 物理的(機械的)作用による破れの事例
        破れの事例関連する品質項目破れの要因
        ウール100%
        織物製シャツの着用中の破れ
        引張強さ など繊維の種類・糸種(繊度・撚り)
        伸縮性・生地組織・染色加工内容
        縫製品のパターン
        消費者の着用状況・洗濯方法
        長期使用による強度低下  など
        レーヨン100%
        織物製スラックスの破れ
        引張強さ など
        ポリエステル100%(フィラメント糸使い)
        織物製ブルゾンの引き裂け
        引裂強さ など
        綿70% ポリエステル30%
        野球ニットユニフォームパンツの破れ
        摩耗強さ 伸長率
        など

        ①ウール100% 織物製シャツの着用中の破れ
         天然繊維(タンパク質繊維)のウールは、ポリエステルなどの合成繊維に比べると、引張強さや摩耗強さが一般的に低いといえます。もちろん、糸種、撚り数、織組織、使用状況などにより程度の差はありますが、外力により破れやすい傾向があることは避けられません。ウールの糸には、「梳毛糸」と「紡毛糸」があることは、第36回アパレル散歩道~ものつくり原点回帰シリーズ 糸~の1.3.5で紹介していますので、改めてご確認ください。紳士や婦人スーツには梳毛糸、ウールニットには主に紡毛糸が使用されています。

        ②レーヨン100% 織物製スラックスの破れ
         再生繊維のレーヨンは、婦人用衣料などに使用されていますが、再生繊維の特性からすると、引張強さや摩耗強さは低いと言わざるを得ません。また、レーヨンなどは濡れると強度がさらに低下する弱点もあり、洗濯時の揉み作用などによる破損も生じることがあります。レーヨンについては、第22回アパレル散歩道~繊維・アパレル製品の用語その1~でも紹介していますので、改めてご確認ください。

          ≪各種繊維の荷重-伸び率曲線≫

          図1 各種繊維の荷重-伸び曲線1)

        1. 右図1は、横軸が「繊維の伸び率」、縦軸が「単位太さ当たりの荷重」で、各種繊維の引張強さと伸長率を示しています。つまり、「繊維を繊維の長さ方向に引っ張ると、どれくらい伸びて、どれくらいの力で切断するか」を示しています。
        2. 例えば、ポリエステル、ナイロン、アクリルなどの合成繊維は、よく伸びて引張強さも高いことが判ります。綿や亜麻は、ある程度強度はありますが、曲線が立ち上がっており、ほとんど伸びないことが分かります。一方、レーヨン、アセテート、羊毛は、伸びはあるものの、強度は低いことが分かります。


          ≪生地の物理的(機械的)性質について≫
        1. 色々な特性をもつ各繊維が撚り合わされて糸になり、その糸が編織され生地になることを考えると、「生地物性には、繊維の物性が反映される」と考えるのが自然だと言えます。他に織編の性質、仕上げ加工の種類も反映されることは想像できます。
        2. 生地の物性
          糸の物性
          織編の性質
          仕上げ加工の種類


        ③ポリエステル100%(フィラメント糸使い)織物製ブルゾンの引き裂け
         ポリエステル繊維は、世界で最も使用されている合成繊維で、引張強さ、摩耗強さにも優れています。
         しかし、極細フィラメント高密度織物を使用したブルゾンなどでは、着用中に突起物などにひっかかり、引き裂ける現象が生じることがあります。引張強さが糸の長さ方向に応力が加わるのに対して、引き裂き強さは図2のように糸のせん断方向に力がかかっており、この両者の強さは、メカニズムが全く異なります。したがって、引張強さは強靭であるが、引裂強さはとても弱い素材もあり得るということです。特に樹脂コーティングなどで糸の自由度を制限すると、生地はよりペーパーライク化して引裂強さがさらに低下します。ノンコーティング素材で、引裂強さの品質基準がぎりぎりであれば、同じ生機のコーティング加工は要注意ということになります。

        図2 織物の引き裂きのイメージ2)



          ≪織物の強度物性≫
        1. 織物の耐久性は、引裂強さ、引張強さ、摩耗強さで代表されることが多い。


        ④綿70% ポリエステル30% 野球ニットユニフォームパンツの破れ
         野球のスライディング動作で生じる摩耗により破れるケースです。通常の摩耗作用は、他の粗硬物体と繰り返し接触することによって発生します。ニット素材は組織がループ状に構成されているため、織物と比べると構成糸が浮いているため摩耗で切断されやすく、その破損の程度は、繊維の種類、糸種(太さや撚り)、生地の伸長率、着用時のフィット性などにも大きく影響されます。用途によっては摩耗強さなども品質基準化することが求められます。

        図3 スライディング動作の例3)



      2. 化学的作用による脆化
         薬剤などの作用によって繊維や糸が脆化し、強度が低下し破れ現象が発生するものです。薬剤には、漂白剤、酵素入り洗剤などがあります。表5は、その具体的な事故事例ですが、いずれも天然繊維使いです。合成繊維は耐薬品性が良好なため、本原因による事故例はほとんど発生していません。

        表5 化学的作用による破れの事例
        破れの事例破れの原因
        綿50% ポリエステル50%
        ニットシャツの破れ
        塩素系漂白剤原液の付着により綿繊維が脆化し、ポリエステル繊維のみが残った
        綿100%(含金属染料使い)
        織物製ブルゾンの破れ
        含金属染料と酸素系漂白剤によって綿繊維が脆化し、破れた
        毛100%
        ウールシャツの破れ
        タンパク質分解酵素を含んだ洗剤での長時間漬け置き洗いによって、毛繊維が脆化し、破れた


         この項の対策では、JIS L 0001に基づく取扱い表示の適正な実施や、消費者への適切な「注意表示」の実施が挙げられます。例えば「塩素系漂白剤は使用しない」、「タンパク質分解酵素を含んだ洗剤で長時間漬け置きしない」などが考えられます。


      3. ポリウレタン糸の脆化について
         フィット性やスリムなシルエット、また適度な衣服圧が求められるアパレル製品では、ニット生地や織物生地にポリウレタン糸を混用し、フィット性を高めているものがあります。ポリウレタン糸は、多くの合成繊維の中でも特殊な性質をもっています。最大の長所は、もちろん伸縮性に優れていることですが、弱点は、①引張強度が弱い、②紫外線、高温多湿、酸化窒素ガス、塩素、汗、繰り返し引張りなど色々な要因により脆化しやすい、③熱に弱いことなどが知られています。ある意味、「生もの感覚の繊維」といってもいいでしょう。
         表6に、ポリウレタン糸関連の事故例を紹介しています。

        表6 ポリウレタン糸の脆化による破損の例
        破れの事例破れの原因
        綿90% ポリウレタン10%
        スリムニットパンツの脆化
        汗の付着残留などの影響で、ポリウレタン糸が脆化し、生地が破損した
        ポリエステル85% ポリウレタン15%
        遊泳水着の脆化
        プール水中の殺菌用塩素によってポリウレタン糸が脆化消失し、生地がすだれ状になり、伸び切り破損した
        アクリル80% ポリウレタン20%
        ニットブルゾンの脆化
        長期間の伸縮、紫外線、汗などの影響で、ポリウレタン糸が脆化し脱落した


        ②ポリエステル85% ポリウレタン15% 遊泳水着の脆化
         学校やスイミングスクールのプールでは、殺菌用塩素(4~10ppm)が使用されており、残念ながらこの塩素がポリウレタン糸を混用した水着などに影響を与えます。

        (消費者のメンテナンス)
         使用後のメンテナンスは、水着の耐久性に大きく影響を与えます。使用直後の濡れた水着は塩素を含んでいます。一般に使用後は、a.「洗わずに脱水機や手絞りして乾かす」、b.「水道水で水洗いだけする」、c.「帰宅してすぐに洗剤で洗う」などが考えられますが、水着の耐久性を考えると、cが塩素の残留が最も少ないことが予想されます。

        (対策)
        • ポリウレタン糸が塩素によって脆化することは、程度の差はあれ、基本的に避けられない技術限界です。このため、これを理解し、消費者が最大限、長期間快適に使用できるように、メンテナンスに関する情報を見やすく製品に表示したり、店頭POPで情報提供したりすることが望ましいと考えます。
        • ポリウレタン糸には、一部に耐塩素タイプの糸も市販されていますが、コストやロットの問題もあるため、テキスタイルメーカーに相談するとよいでしょう。
        • 具体的な表示文章には、「プール水の殺菌用塩素によって生地が脆化することがある」、「使用後は洗剤を使用して洗濯する」、「濡れたまま長時間放置しない」、「タンブル乾燥はしない」、「日陰の陰干しをする」、「車のトランクなど高温になる場所に長時間放置しない」、「アイロン掛けは避ける」などがあります。
        • 今回の事例は、ポリエステル/ポリウレタンですが、ナイロンを使用した場合は、ポリエステルに比べて塩素変退色も大きいことにも留意してください。特にブルー系の色相は塩素変退色しやすく要注意です。
        • 水着の試験方法には、JIS L 0884「塩素処理水に対する染色堅ろう度試験方法」B法(20ppm)、C法(50ppm)を準用して、試料を一定の条件で前処理し、引張試験などが行われます。


      4. コーティング、ラミネート加工のはく離
         ポリウレタン樹脂は、前述のポリウレタン糸だけでなくポリウレタン樹脂被膜として、フィルムラミネートや樹脂コーティング加工により衣料品に幅広く使用されています(表7参照)。ポリウレタン被膜を生地の表面や裏面に加工することによって耐水性や透湿性が付与され、コーティング素材、ラミネート素材、ボンディング素材として、レインウエアやアウトドアウエア、スキーウエアなどの用途に使用されています。弱点は、前述2.1.3のポリウレタン糸と同様に、ポリウレタン高分子の化学構造上、紫外線、空気中の水分や窒素、汗の付着などによって脆化して、時として製品の寿命が短くなることが知られています。当該事故の現象には、主に、はく離現象や樹脂面のべとつきなどがあります。

        表7 ポリウレタン樹脂の用途
        形状主な用途説明
        ポリウレタン糸タイトシルエット製品全般、タイツ、水着、副資材ゴムなど主にニットに交編し使用する
        ポリウレタン被膜
        (コーティング、ラミネート加工)
        合成皮革製品
        透湿性・耐水衣料品
        主に織物にコーティングやラミネートなどの被膜加工をする
        ポリウレタン成形品プラスチック全般成形加工することにより、多くの分野でプラスチック、ゴム製品として使用する


        表8 ポリウタン被膜の脆化による破損の例
        破損の事例破損の原因
        ポリエステル100%(表地 ポリウレタンラミネート) ブルゾンのはく離長期間の使用や保管により、空気中の水分などの影響を受け加水分解による劣化が生じ、はく離した
        ポリエステル100%(表地 ポリウレタンラミネート) ブルゾンのべとつき現象長期間の使用や保管により、空気中の水分などの影響を受け加水分解による劣化が生じ、ラミネート表面がべとついてきた
        ポリウレタン系顔料捺染にひび割れが発生した長期間の使用や保管による影響、もしくは二次加工顔料捺染加工のベーキング不良など(第21回アパレル散歩道~アパレル製品の二次加工~参照のこと) 


      5. 擦り切れ
         擦り切れ現象は、繰り返しの着用による摩擦で、繊維が徐々に脱落し、生地が薄くなる現象です。合成繊維よりも、比較的強度の弱いウールや綿などの天然繊維使いの製品で、擦り切れ事故が報告されています。
         毛織物素材の評価法には、JIS L 1096摩耗強さ試験(E法、マーチンデール法)などがあります。合夏の比較的薄地のウール織物素材で、特にパンツ用途がある企画では、是非この試験結果をご確認ください。また、注意文章で、「自転車など過度な摩擦で、内また部が傷むことがあります」など、消費者に情報提供することも大切です。マーチンデール法の試験方法の詳細は、ニッセンケン品質評価センターにお問い合わせください。

        表9 擦り切れによる破損の例
        破れの事例破れの原因
        ウール100%
        スラックス内またの擦れによる破れ
        汗や摩擦の影響で、フェルトが発生し、生地が破損した。自転車等の長期使用も影響すると考えられる
        綿100%
        ブルゾン手口のギャザー山部の擦れによる破れ
        手口にシャーリングなどを入れて絞った仕様では、鋭利な折り目が生じ、その部分が継続的に摩擦されて破損した


    2. 「穴あき」について
       アパレル製品の穴あきの原因には、「虫食い」、「薬品の付着」、「溶剤の付着」、「熱による破損」などがあります。

      表10 穴あきによる破損の例
      穴あきの事例穴あきの原因
      絹100% 和服
      保管中に穴があいた
      イガ、ヒメマルカツオブシムシなど、害虫によって食害を受けた
      綿100% スラックス
      一部に穴があいた
      自動車のバッテリー液(硫酸)などが付着したまま放置したため、酸化作用で綿が脆化した
      アセテート100% カーディガン
      除光液で穴があいた
      マニキュアの除光液が衣料に付着したため、アセテート繊維が溶解し穴があいた
      ナイロン100% ブレーカー
      アイロンで穴があいた
      アイロンの熱で、ナイロンが融解した


      1. 虫食い
         ウールや絹繊維は、タンパク質繊維であるため、保管中に虫害を被る可能性があります。対策としては、市販の衣料用防虫剤の使用が望ましいでしょう。特に、最近の若い消費者は合成繊維で育っている感もあり、是非防虫剤使用の情報の提供をお願いします(表10 ①参照)。


      2. 酸性薬品の付着
         綿繊維は、アルカリ性薬品には耐性がありますが、酸性薬品には弱い性質があります。自動車のバッテリー液の硫酸やトイレ洗浄剤の塩酸などには弱いため、誤って付着し放置していると、徐々に穴あきの事故が進行することがあります(表10 ②参照)。
         筆者も現役時代には、リトマス試験紙を使用して事故品の穴あき周辺のpH(水素イオン濃度)を測定していました。


      3. 溶剤の付着
         合成繊維、天然繊維、再生繊維の耐溶剤性は、一般に問題はありません。しかし、アセテートだけは、他の繊維と異なる性質があります。アセテート繊維は、セルロース繊維を酢酸で酢化した繊維で、溶剤のアセトンを使用した「乾式紡糸」で糸が作られています。アセテートは、半合成繊維に分類され、熱で溶融する性質も持っています。酢化度は、トリアセテート>アセテートとなり、トリアセテートがより合繊に近い物性を示し、融点もトリアセテートの方が高くなっています。
         マニキュアの除光液の成分には、溶剤のアセトン(乾きやすいのが特徴)が多く使用され、この液がたまたまアセテート製の衣料に付着すると、溶解事故が発生すると言われています(表10 ③参照)。


      4. 熱による破損
         ナイロンやポリエステルなどの合成繊維は、もともと原料チップを熱で溶かして、微小な穴から押し出して作られています。これを溶融紡糸といいます。合成繊維は、基本的には一定の熱で溶ける性質があります(表11 参照)。日常生活で、アイロンやプレス機、またタバコの火の接触などにより、合成繊維素材が熱で溶けて、穴があく事故が発生することがあります。熱による穴あきの場合、穴あきの周辺が合成繊維が溶けて硬くなっているのが特徴です(表10 ④参照)。
         製品に表示するJIS L 0001に基づくアイロン取扱い表示(表12参照)も、使用素材に応じた適正な表示が求められています。

        表11 各種繊維の融点
        繊維融点
        レーヨン キュプラ溶融しない
        綿 麻 毛溶融しない
        アセテート260℃
        トリアセテート300℃
        ポリエステル238〜240℃
        ポリエチレン125〜135℃
        ナイロン6215〜220℃
        アクリル210〜230℃


        表12 JIS規格のアイロンに関する記号
        JIS L 0001
        番号
        500510520530
        記号
        意味アイロン仕上げはできない110℃を限度としてスチームなしでアイロン仕上げできる150℃を限度としてアイロン仕上げできる200℃を限度としてアイロン仕上げできる


        ~繊維を燃やしてみると~
        ポリエステル・ナイロン・綿繊維を燃やすと、次のような違いがあります。繊維を燃やして燃え方や臭気を確認する場合は、必ずピンセットなどを使用してください。
        • ポリエステルは、溶融しながら黒煙を上げて燃えて、芳香臭があり、燃えカスは黒褐色の硬い灰になります。
        • ナイロンは、同じく溶融しますが、アミド特有の髪の毛が燃えるような臭気で、燃えカスは明褐色の硬い灰になります。
        • 綿は、紙のように炎を上げて燃え、燃えカスはさらっとした灰になります。


    3. 「パイル脱落」について
       アパレル製品用のパイル素材には、コーデュロイ、モール糸使用生地、ベロア、タオル地などがあります。また、フロック加工素材もパイル素材に含まれることがあります。最近のパイル素材での事故発生には、コーデュロイやモール糸使用生地が報告されています。

      表13 代表的なパイル素材と特徴
      No.素材説明
      1コーデュロイ
      (コール天)

      図4. W型パイルの例4)

      たて方向に畝(うね)をもつよこパイル織物で、カジュアル衣料、スラックスなどに使用されます。1インチ間の畝数で、太コール、中コール、細コール、ピンコールなどがあります。パイルの先をカットして立毛させていますが、パイルの地糸への絡み方には、ルーズパイル(V型)とファストパイル(Wパイル)があります。V型は、摩擦などによりパイルが抜けやすい傾向があり、W型は、抜けにくいが風合いがやや硬いなどの特性があります。
      ハードに使用されたり、スラックス用途ではV型が望ましいといえます。
      2モール糸
      使用生地
      モール糸は、芯糸と押さえ糸との撚り合せ時に、花糸と呼ばれる短い繊維を挟み込んだ構造の飾り糸のこと。肌あたりがよく、婦人アパレルのニット衣料などに使用されます。モール糸は衣料用だけでなく、インテリアなどにも使用され、衣料用では熱融着糸使用タイプが望まれます。


      図5.モール糸の構造5)
      ※熱融着糸:この糸により花糸の脱落を防ぎます

      3ベロア主に織物生地を起毛させ、毛羽立ち感を持たせた生地のこと。一部にニットベロアもあります。原料には、毛、綿、絹、レーヨン、アセテートなどが使用されます。
      4タオル素材
      布面に大きいパイルのある綿のタテパイル織物です。パイルが片面の片面タオル、パイルが両面の両面タオルの他、一部にパイルをカットしシヤリング(せん毛)したカットパイルタオルもあります。

      図6 片面タオルと両面タオルの 組織のイメージ6)

      5フロック
      加工素材
      フロック加工は、生地表面に細かい毛羽状の繊維(フロック)を、接着剤を使用して植毛したもので、スエード調の外観が特徴です。
      • 生地加工時の条件ミスやドライクリーニングの溶剤との相性、着用や洗濯による強い摩擦によって、部分的にフロックが脱落し、事故につながるケースがあります。
      • フロック加工試験には、JIS L 1084「フロック加工生地試験方法」植毛強さA法(摩擦試験機法)があります。


  3. まとめ
     以上のように、生地の損傷による破損には色々な現象があり、その各々に原因と対策があることが分かります。
    アパレル製品の「モノつくり」では、まず商品企画段階で各種繊維素材の特性をよく理解し、製品用途に適し、かつ品質基準に合格した材料を選定することが大切です。また、素材特性による「技術限界リスク」をミニマイズさせるため、消費者へ適切なメンテナンス情報を提供することも併せて検討をお願いします。


(参考資料)
1)「業界マイスターに学ぶせんいの基礎講座」:繊維社 P243.図5.2引用
2)「業界マイスターに学ぶせんいの基礎講座」:繊維社 P244.図5.3引用
3)「スポーツウエアの品質を考える」:清嶋展弘 染色工業 Vol.38 No.10より引用
4)「繊維総合辞典」:繊研新聞社 巻末付図P26.引用
5)「繊維製品の品質問題究明ガイド」:日本衣料管理協会 Part2 p40図4-1引用
6)「繊維総合辞典」: 繊研新聞社 巻末付図P21.引用

(次回のアパレル散歩道 / 11月1日発行)

次回の第46回アパレル散歩道では、「ケーススタディ② 縫い目の損傷」を予定しています。

コラム : アパレル散歩道46
~品質事故を分析して原因と対策を考えよう~
テーマ : ケーススタディ② ~縫い目の損傷~


発行元:一般財団法人ニッセンケン品質評価センター 事業推進室 マーケティンググループ
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Profile : 清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)

清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)

43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。



社外経歴
日本繊維技術士センター理事 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会理事 TES会西日本支部元代表幹事
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長

アパレル散歩道

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