アパレル散歩道

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第11回 : 品質事故例の紹介 ~技術限界の事例~

2021/01/15

アパレル散歩道 繊維製品の品質事故はなぜなくならないのか

2021.1.15

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 今回は、「技術限界」の事例を勉強しましょう。

3.技術限界の事例

 3.1 繊維製品と技術限界

 われわれは、商品企画の段階で、その商品の機能や特徴、使われ方を想定し、品質基準や機能性基準を設定しています。しかし、使用や保管を長く続けると、洗濯や着用、保管環境などの色々な影響によって、品質や機能が徐々に低下することがあります。電気製品や食品では品質保証期間が明記されている場合は多いですが、ほとんどの衣料品には品質保証期間などは明記されていません。衣料品では、その商品の特性、過去の実績・経験などから、メーカー、消費者、流通関係者がある程度の合意のもと、ケースバイケースで品質保証について対応しているのが現状と思います。
 例えば、極端な例ですが、1回の洗濯で大きく変色した綿製品を考えましょう。1回洗濯で大きな変色といっても、もともと洗濯堅ろう度(変退色)が2級であったら当然の結果でしょう。でも、洗濯堅ろう度が変退色4級と良好であっても、最初の洗濯で塩素系漂白剤を使用して変色することもあります。このことから、洗濯堅ろう度の変退色2級は間違いなく「品質不良」ですが、品質が良くても塩素系漂白剤で変退色が生じることは、綿製品では色目に程度の差はあるものの「技術限界」と言わざるを得ません。事故事例には、この二面性があることを認識し、どちらも的確な対応が必要になります。洗濯堅ろう度2級を技術限界として扱うと、大きなトラブルにつながります。品質不良品は、改善するか出荷しないかの選択になるべきです。また塩素系漂白剤のリスクは、まさに技術限界であり、適切な取り扱い表示やメンテナンス情報を消費者に適時提供することで、未然の事故を防ぐことができます。

  1. 「品質不良」と「技術限界」は、全く異なることを認識すること。
  2. 「品質不良」は改善すべし。「技術限界」は情報発信すべし。

 3.2 技術限界の事例

まず、アパレル製品の技術的限界の例には、次のようなものが考えられます。今回のコラムでは、この中からいくつかを紹介したいと思います。他にもいろいろありますので、皆さんもぜひ考えてください。
  ① ポリウレタン糸の脆化(水着)
  ② 麻・絹、レーヨン・リヨセルの白化(フィブリル化)
  ③ ポリエステル素材の分散染料の移行(マイグレーション)と昇華汚染
  ④ セルロース繊維素材の洗濯縮み
  ⑤ 毛素材のハイグラルエキスパンション、フェルト化
  ⑥ ナイロン素材などの黄変
今回のコラムでは、この中から、いくつかの事例を紹介しましょう。

                      

事例1.水着の脆化

(事故の概要)

 水着を室内プールで、週に3回、半年間着用していたら、部分的に白い粉状のものが発生し、その後、生地が透けて伸び切ったようになった。
 組成は、ポリエステル85% ポリウレタン15%であった。

図1 水着のポリウレタン糸の脆化

(取扱い表示) 

                  

(組成) ポリエステル85% ポリウレタン15%

                           

(事故現象に関するコメント)

 最近の水着は、遊泳水着やスクール水着から競泳水着まで幅広く商品化され、それらの素材も今回のようなポリウレタン混用素材からポリエステル100%品までいろいろあります。また、最近のトップゾーン競泳水着はニットではなく、ポリウレタン混用ストレッチ織物が使用されています。
 今回の事故事例を考えるにあたってのキーワードは、ポリウレタン糸の特性プールの環境消費者のメンテナンスなどです。以下に少し説明します。


ポリウレタン(PU)糸の特性
 ポリウレタン糸は、数ある合成繊維の中でも特殊な存在です。約600%も伸びるのが最大の長所ですが、弱点には、①引張り強度が弱いこと、②紫外線、高温多湿、酸化窒素ガス、塩素、繰り返し引張りなど色々な要因によって劣化しやすい、③熱に弱いことなどが知られています。長所と短所がともに顕著で、まさに「なま物感覚」の繊維です。水着用途で言えば、使用頻度の高い競泳水着には、耐塩素性タイプのポリウレタンが使用されています。しかし、これも万能ではないことを申し添えておきます。
図2は、写真(左)が新品の水着で白く見えるのがポリウレタン糸ですが、使用後の写真(右)では、ポリウレタン糸が脆化して切断し消失しているのが判ります。

図2 ポリウレタン糸の消失脆化

                       
プールの環境
 学校やスイミングスクールのプールは、殺菌のために塩素が使用され、学校は文部科学省、スイミングスクールなどは厚生労働省の指導で、おおむね4~10PPMの塩素が使用されています。このため、この塩素がポリウレタン糸を混用した水着に影響を与えます。プールの水温は約30℃です。
消費者のメンテナンス
 使用後の水着のメンテナンスは、水着の耐久性に大きく影響を与えます。使用直後の濡れた水着は、塩素成分を含んでいます。使用者のメンテナンス行動として、①洗わずに脱水機や手絞りして乾かす、②水道水で水洗いだけする、③帰宅してすぐに洗剤で洗う、などが考えられますが、塩素の残留は③が最も少ないと言われています。

                    

(事故要因と対策)

・ポリウレタン糸が、塩素によって脆化することは、程度の差はあれ、基本的に避けられない技術限界である。
・技術限界であることを理解し、消費者が最大限、一定期間快適に使用できるように、メンテナンスに関する情報を見やすく製品に表示したり、店頭POPで情報提供することが大切である。
・具体的な表示文章には、「プール水の塩素によって生地が脆化することがある」、「使用後は洗剤を使用して洗濯をする」、「濡れたまま長時間放置しない」、「タンブル乾燥はしない」、「日陰の陰干しをする」、「車のトランクなど高温になる場所に放置しない」、「アイロン掛けは避ける」などがある。
・今回の事例はポリエステル/ポリウレタンであるが、ナイロンを使用した場合は、ポリエステルに比べて塩素変退色も大きいことにも注意すること。特にブルー系の色相は塩素変退色しやすく要注意となる。
・試験評価方法には、JIS L 0884「塩素処理水に対する染色堅ろう度試験方法」B法(20ppm)、C法(50ppm)を準用して試料を一定の条件で前処理し、引張り試験などがおこなわれます。

  1. PU混用水着では、程度の差はあれ、塩素脆化は避けられない。
  2. 消費者への情報提供が大切である。
  3. 競泳水着では、練習用としてポリエステル100%生地もある。

                   

事例2. 麻・絹、レーヨン・リヨセルの白化

(事故の概要)

紺色の麻セーターで、脇の下が毛羽立ち白くなっていた。

(取扱い表示)

(事故現象に関するコメント)

 綿や麻や絹などの天然繊維、またリヨセル・レーヨン等の再生繊維で、着用中の擦れによって、白化現象が生じることがあります。とくに濃色製品で事故が多いようです。ジーンズの縫い目付近が擦れて白くなるのも同様の現象です。

                   

(事故要因と対策)
綿や麻製品は、短繊維に撚りをかけた撚糸から製造されているため、着用や洗濯時の摩擦により毛羽立ち、その部分が乱反射すると白っぽく見えることがある。もちろん、着用の程度や洗濯回数等により、白化の程度は異なる。また、デニムや捺染品などの染色方法によっては、繊維の内部まで染まらず、表面が摩擦されると、内部の未染着の白い部分が露出し白くみえることがある。これらの白化は、雨天での着用や機械力の強い洗濯など、濡れた状態での摩擦でより加速させることがある。
・レーヨンやリヨセルなどは、植物性の原料から作られる再生繊維である。レーヨンはパルプ(繊維素)などに二硫化酸素を反応させた誘導体を湿式紡糸して製造される。リヨセルは繊維素を特殊な有機溶剤に溶かして乾式紡糸で製造される。いずれも、ソフトな風合い、美しい光沢感、しなやかなドレープ性、吸湿性が特徴で、レーヨンは湿潤で強度低下するが、リヨセルは濡れても強度があまり低下しない性質がある。弱点は、摩擦などによって、繊維がフィブリル化(繊維のささくれ)し白化しやすく、これは絹繊維も同様である。
・対策は、消費者への素材に関する情報提供を徹底すること。また、厳しい用途や繰り返しの洗濯が想定される用途では、合繊混用素材への変更も検討すること。

  1. 白化とは、繊維製品が部分的な擦れによって白っぽくみえること。
    原因には、①短繊維の毛羽立ちによる乱反射、②染色方法による未染着部分が露出、③繊維のフィブリル化などがあります。
  2. 対策は、消費者への素材に関する情報提供を徹底すること。また、厳しい用途や繰り返し洗濯が想定される用途では、素材変更も検討する。

                   

事例3. ポリエステル素材の分散染料のマイグレーションと昇華汚染
(事故の概要)

濃淡配色のポリエステルシャツを、店頭でポリ袋から出したら、濃色が淡色部に汚染をしていた。製品のたたみ段階では、薄紙(昇華防止紙)は使用されていなかった。

図3 シャツの汚染

(事故現象に関するコメント)
 本事例は、第6回コラムで「企画・設計不良」の事故事例として一度紹介しました。そこでは、薄紙の使用忘れということで「設計不良」としましたが、ポリエステルを染める分散染料の特性が技術限界の根底にあることから、今回「技術限界」の事故例として、あらためて紹介させていただきます。素材になんらかの技術的な限界があっただけでなく、これに着用状況や洗濯条件などが複合的に重なって、品質事故が顕在化するケースが多いように思います。

  1. 消費者にとって、お店から、事故の原因が「技術限界です」と言われても納得感がないでしょう。事前に素材特性やメンテナンス情報を提供し、事故が発生しない対策が必要です。
  2. 品質事故は、「技術限界」+「着用洗濯要因」などが複合して発生するケースが多い。

                    

事例4.セルロース繊維素材の洗濯縮み
(事故の概要)
 

綿100%鹿の子ポロシャツを洗濯(吊り干し)したが、 丈方向に大きく縮んだ。

図4 ポロシャツ商品の例

(取扱い表示)

(事故現象に関するコメント)
 私たちは、綿の鹿の子ポロシャツが、洗濯で縮みやすいことを経験的に知っています。
洗濯収縮には、「膨潤収縮」と「緩和収縮」の2つがあります。「膨潤収縮」は、吸水性に優れた綿繊維が水を吸うと、繊維が太くなり逆に長さ方向が縮むことに起因する縮みです。これは綿素材の特性であり、縮むこと自体は技術限界と考えていいでしょう。「緩和収縮」は、ニットの染色加工工程で生地に内在していた歪みが、縫製後に洗濯等で元に戻ろうとする力が働き、縮むことです。このことから、「緩和収縮」は、技術限界だけでなく、仕上げ加工時に生地の縦方向に引っ張りすぎたなどの加工不良の要素も含んでいます。特に、綿素材はヒートセット性がなく、水に濡れるとセット性が維持できません。

                  
(事故要因と対策)
・綿の鹿の子ポロシャツなどの縮みは、改善できない技術限界と思われがちであるが、緩和収縮の加工のばらつきは、品質基準の洗濯寸法変化率の基準値を設定して管理しなければならない。
・平行して、消費者への情報発信を縫い付けラベルや下げ札で積極的に実施すること。
・具体的には、「綿の鹿の子素材の特性上、洗濯で縮みやすい」、「タンブル乾燥は避ける」、「吊り干し時は、丈 方向に引張って補正する」などがある。
・設計時に、縮むことををある程度考慮して、パターンを少し大きく設計する。

  1. 事例のポロシャツの縮みでは、収縮全体が技術限界とはならない。
    ・膨潤収縮は、綿素材特性の収縮であり、技術限界となりうる。
    ・緩和収縮は、染色加工による収縮であるが、程度によっては品質不良となりうる。

               

                      

<次回のコラムについて> 

次回は、「技術限界にもとづく事故事例」を勉強しましょう。

コラム : アパレル散歩道⑫
~繊維製品の品質苦情はなぜなくならないのか~
テーマ : 品質事故例の紹介  ~表示不適正の事例~

               

発行元
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター マーケティンググループ 企画広報課

E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp URL:https://nissenken.or.jp

※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

                  

Profile:清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)  

43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。

社外経歴
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長
日本繊維技術士センター執行役員 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会常任委員 TES会西日本支部代表幹事

               

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