第30回 : アパレル製品の機能性 : 生理的快適性②(保温性、クーリング性)
2021/11/15
2021.11.15
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前回の第29回アパレル散歩道では、生理的快適性として、透湿防水性、はっ水性、耐水性、吸汗速乾性、紫外線カット性を紹介しました。今回もアパレル製品の生理的快適性のパート2として、「保温性」と「クーリング性」について説明します。アパレル製品を着用する人間と温熱環境との関連を考えてみましょう。
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保温性
アパレル製品の保温性は、衣服内部を暖かく保つ機能です。日本は四季に恵まれ、また日本列島は縦に長く、地域によって、温暖と寒冷の差がはっきりしています。このため、屋外作業やスポーツなどの活動では、身体からの発熱、発汗、血流などの生理的な働きが、通常環境とはかなり異なります。特に秋冬物のウエアには、この環境変化に伴う着用中の寒さによる不快感、運動パフォーマンスの低下を低減する機能が求められます。
(1) 産熱と放熱について
人間は、恒温動物です。年中深部体温が約36℃、皮膚温が約32℃に維持されます。この体温調節作用は、体内の産熱と放熱のバランスで成り立っています。産熱は、食事として摂取した炭水化物が筋肉で燃焼し熱エネルギーが発生し、これが体温維持に使用されますが、適度に放熱が促進されることにより、バランスがとれ恒温が維持されることになります。
図1.筋肉でのエネルギー生産
図2.熱産生と熱放散のバランスのイメージ
(2)季節による体温の違い
(1)で「人間は恒温動物」と述べましたが、季節や身体部位で体温差があります。冬期は夏期に比べると、末梢血管が収縮し血流量が低下し、その結果末梢部の温度が低下します。また、冬期は、その傾向はより強くなるようです。逆に冬期でも体幹の体温はあまり低下していないことからすると、厳冬用グローブやシューズ、手袋やソックスの商品開発なども、消費者ニーズにかなっているかもしれません。
図3.季節や部位による体温の違い
(3)放熱の分類
アパレル製品の保温性の仕組みは、表1のように分類されます。
Aの「熱を逃がさない(消極保温)」は、皮膚表面からの放熱をいかに抑えるかというものであり、昔から綿入りを着用するなど創意工夫がされていました。現在でも、合繊綿入りのベストや羽毛製品はそれらの代表でしょう。Bの「熱を取り込む(積極保温)」は、最近のIoT技術やスマートテキスタイル技術の向上で、外部エネルギーを取り込むという意味で、ウエアと機器がハイブリッドしたものになります。
表1.保温性の仕組みの分類
| 大分類 | 中分類 |
保温 | A:熱を逃がさない(消極保温) | ①蒸散によるヒートロス低減
②空気の対流によるヒートロス低減
③伝導によるヒートロス低減
④輻射によるヒートロス低減 |
B:熱を取り込む(積極保温) | ①太陽熱を熱変換し蓄熱する(ソーラーなど)
②外部エネルギー使用(ヒーターとバッテリー使用など)
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(4)ジャケットの熱を逃がさない工夫~消極的保温~
では、中綿入りジャケットを例に挙げて、熱放散のメカニズムとその対策について、図4と図5で考えましょう。その対策には、素材面と製品デザイン面の2つから検討されなければなりません。
① 表地
耐水・はっ水・透湿性などを備えている表地は、雨や雪などでも表面は濡れにくく、表地からの蒸散による熱放熱を防ぎます。
② 裏地
人体の皮膚から放射される赤外線を特殊な裏地素材で反射させ、その輻射熱を人体に戻します。
③ 中わた
一般に合繊わたや天然羽毛を使用します。これらは、かさ高性に優れ、熱伝導率の低い空気を多量に含みます。繊維の間に動かない空気(デッドエア)を閉じ込めているため、伝導・対流による放熱を防ぎます。
④ 開口部
衿元、手口、裾口などの開口部から、暖かい空気が抜ける蒸散による放熱を防ぎます。素材だけでなく、製品デザインでも開口部を少なくすることによって、保温の工夫は可能となります。
⑤ サイズ
サイズを適性にして、衣服内の空気の対流による放熱を防ぎます。
図4.ジャケットの保温のイメージ
図5.製品の保温対策のイメージ
(5)保温素材の開発例~積極保温含む~
ここでは、最近の保温素材や製品の開発事例を一部紹介します。
表2.保温素材の開発事例
| 防寒対策の種類 | 実施例 |
1 | 熱伝導性が低い材料や製品(主に空気を多く含む) | 天然羽毛、合繊中綿、中空繊維(図8参照) 重ね着 |
2 | 赤外線を反射または放射する裏地 | 特殊セラミック練りこみ繊維 |
3 | 太陽光を熱変換する | 炭化ジルコニウム練りこみなど(図7参照) |
4 | 衣服内に発熱体設置 | 触媒燃焼システムやヒーター装着 (図6参照) |
5 | 人体からの不感蒸泄を利用した吸湿発熱繊維 | ブレスサーモ®、ヒートテック®など |
6 | 相変換材料の融解・凝固による熱エネルギー授受の利用 | アウトラスト®中綿など |
7 | 製品の開口部を絞るなどの仕様を検討する | 襟、袖口、裾部のひもなどによる絞り仕様 |
図6.ヒーターとバッテリー内蔵ベストの一例
図7.太陽光熱変換素材
(炭化ジルコニウム練りこみ糸の断面)
図8.中空繊維の一例
~各種物質の熱伝導率について~
物質には、熱を伝えやすいものと伝えにくいものがあります。
銅
371
コンクリート
0.81
ガラス
0.76
水
0.62
ポリエステル
0.157
綿
0.24
毛
0.15
空気
0.026
(熱伝導率の単位は、W/m・K)
空気は水よりも、熱の伝わりやすさは約1/23です。したがって、滞留して動かない空気(デッドエア)層をより多く持つ素材は、断熱性が大きく、保温性に富むことになります。
(6)重ね着について~クロー値~
私たちは、寒い日に外出する時、色々な重ね着の着こなし(ウエアリング)を考えます。重ね着をすると経験的に暖かいことは理解していますが、時として着ぶくれして動きづらい弱点もあります。暖かく動きやすい重ね着を実現することが望ましいです。重ね着も色々な組み合わせがありますが、例として以下の組み合わせを挙げてみました。
図9.サーマルマネキンの一例
①下着1枚+綿織物シャツ+ダウンジャケット を重ねる。
②下着1枚+綿織物シャツ+セーター を重ねる。
③Tシャツ+スウェット+カーディガン+ウインドブレーカー を重ねる。
重ね着の組み合わせは、好みもありますが、皆さんは、その日の気温、天候、風の程度で、経験的に判断されています。移動途中で暑くなれば1枚脱いだり、寒くなれば1枚羽織ったりしています。
重ね着の保温性の効果は、サーマルマネキン試験によるクロー値(clo値)で評価することができます。1クローとは、「気温21.2℃、湿度50%以下、気流10cm/秒の室内で静かに座っている人が快適に感じる保温力」と定義され、0.155℃・m²/wの熱抵抗値に相当します。
サーマルマネキンの設置している検査機関で製品ごとのクロー値(clo値)を測定することによって、例えば、下着0.03、Tシャツ0.08、薄地長袖シャツ0.2、セーター0.30、ジャケット0.35、コート0.60、ダウンジャケット0.60、靴下0.03、手袋0.05などとクロー値の数字を求めると、これを単純に足し算することによって、重ね着全体のクロー値(熱抵抗値)が計算され、重ね着全体の保温性が求められます。数値が大きければ、重ね着全体として暖かいことがわかります。筆者も、スポーツウエアメーカー勤務当時に、スキーウエアとスキーアンダーシャツ開発で活用したことがありました。冬物衣料の保温性で、消費者に重ね着や着こなしの提案に、クロー値は活用できると思います。
≪保温性を高める方策≫
- 素材は、空気を多く含む素材を検討する。
中わた・・羽毛、合繊中わたなど
生地・・起毛素材(フリースなど)、ウールや綿素材などの短繊維素材、低通気性素材
裏地・・赤外線輻射機能素材(アルミ蒸着等)など
- 新素材で、吸湿発熱や可視光熱変換素材を検討すること
- 製品では、開口部の開閉を調節できる仕様にすること
≪クロー値(clo値)とは≫
- クロー値とは衣料品の熱抵抗値のことである。
- 衣料品の熱抵抗測定することにより、製品の暖かさが評価できる。
- サーマルマネキンを使用して評価する。
- 衣料品の重ね着も評価できる。
例) 下着0.03+シャツ0.20+ジャケット0.35=重ね着0.58(clo)
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クーリング性
世界的な気温上昇は、今や大きな問題になっています。SDGsの持続可能な開発目標においても、二酸化炭素やメタン低減に向けた色々な諸策が待ったなしで進められようとしています。先の東京オリンピックにおいても、35℃近くまで気温が上がり、暑さ対策が大きな話題になっていたのは記憶に新しいところです。このように、アパレル製品においても、暑さ対策は喫緊の課題であり、一般衣料品を含め「涼しい衣料品」の商品開発にスポットライトが当たっているのが現状です。
(1)体温上昇のメカニズム
夏期の屋外作業や運動で体温が上昇すると、脳から指示が出て、発汗が開始されます。その汗が気化する際に周囲の熱を奪い、体温低下が始まります。この汗が熱を奪うことを「気化熱蒸散」と呼びます。
人体からの熱放散は、血管からの放散が1/4、汗の気化熱蒸散による熱放散が3/4といわれ、汗の効果が体温低下に大きく有効であることが推定されます。(図10参照)
図10.人体からの熱放散
熱放散の場所 | 比率 |
①血管からの放散 | 約1/4 |
②汗の気化熱蒸散 | 約3/4 |
- 汗による気化熱蒸散は、体温を下げるのに、最も有効です。
- さらに、風など空気の移動があればより効果的です。
(2)クーリングの種類
クーリングにも、身体から熱を奪う積極的クーリングと、身体に熱を取り込まない防御的クーリングがあります。図11のように、積極的クーリングでは、蒸発が促進される素材や仕様であること、衣服内に気流が入る通気性がある素材や仕様であること、皮膚と接触時に冷感、涼感などを感じる熱伝導が生じることなどが考えられます。また、防御的クーリングでは、太陽からの赤外線(熱線)を遮蔽し、衣服内の温度が上昇しないことが求められます。
図11.クーリングのメカニズム
(3)クーリング対策の具体的な考え方
図11のクーリングのメカニズムを踏まえると、商品企画において、通気性コントロール、接触冷感、赤外線遮蔽の3つが大きな要素になると考えられます。①から③について、もう少し考えましょう。
①通気性コントロール
衣服内に空気を取り込み、汗の気化熱放散を促進させる。気化熱は、汗1g当たり 540calの熱放散に相当します。以下の工夫が考えられます。
- 通気性の大きい生地を工夫する(例:密度を粗くした織編素材、非コーティングなど)
- 開口部を大きくして、ゆとりをとる(例:アロハシャツなど、襟や袖口、裾の開口部の広いデザイン、図13参照)
- 強制的な気流を起こし、気化熱促進する(例:バッテリーによるファン装着、図12参照)
図12.ファン付衣料の一例
図13.開口部の広い商品
(例:アロハシャツ)
②接触冷感
接触冷感とは、触るとヒンヤリ感じる素材のことです。一般に水分率が高く毛羽の少ないレーヨンなどがこの性能を有しています。これは、熱伝導率の高い水分を繊維が多く持っていること、また触った時に毛羽がなく接触面積が大きい、少しシャリ感や腰があることなどが関係しています。この熱の移動は、接触冷温感評価値Q-max(W/cm²)で評価されます。数値が高いほど冷感が大きいと評価され、0.2W/cm²以上が業界の基準になっています。
また、合成繊維では、芯鞘構造で、芯はポリエステル、鞘はポリエチレンと水分率の高いポリビニルアルコールとの複合樹脂を用いた複合繊維(図14参照や、接触面積の大きい扁平フィラメント糸を用いたものなどがあります。
≪繊維で接触冷感の高い要件とは≫
- 水分は熱伝導率が大きく、熱が移動しやすい
- 水分率の高い繊維であること(レーヨン、キュプラ、水分率の高い成分を持った特殊な合成繊維など)
- 毛羽は保温になるため、毛羽のないフィラメント系素材であること
- 扁平繊維使いであれば、皮膚との接触面積が増え、熱移動が増える
クラレトレーディング「ソフィスタ®」
親水性のエチレン・ビニルアルコール共重合体を鞘部に、疎水性のポリエステルを芯部に使用しているため、両方の特徴を合わせ持つ。
図14.接触冷感素材の一例
③赤外線遮蔽
太陽光には熱線である赤外線が含まれています。太陽光が熱いのは、この赤外線を含んでいるからです。赤外線はIR(infra red)とも呼ばれています。紫外線は熱線ではなく、殺菌作用、皮膚に対する日焼けなどの作用があり、UV(ultra violet)とも呼ばれています。
炎天下に屋外に出れば、全身に強い赤外線を浴びて、衣服の表面温度も衣服内温度もたちまち上がります。いかに衣服表面で反射などによって赤外線を遮蔽して、衣服内に赤外線が侵入しないようにして、体温上昇を防止することが重要です。
赤外線遮蔽試験の詳細については、ニッセンケン品質評価センターにお問い合わせください。図15は同試験装置の写真です。
赤外線遮蔽素材の一部を紹介しますと、セーレングループの「イレイド®」「シャダン®」、帝人フロンティアの「シーキューブ®」、ユニチカトレーディングの「サラクール®」「こかげマックス®」などがあります。
図15. JIS L 1951 遮熱性試験装置
≪赤外線こたつのランプは、赤かった?≫
昔、どの家にも「赤外線こたつ」という優れ物があって、こたつの中をのぞくと赤いランプが光っていました。「赤外線は赤いのか」と感動していましたが、実は、赤外線は無色で、電機メーカーがランプに勝手に赤色を付けて暖かく見せていたようです。人間に見えるのは可視光だけです。
(補足説明のご連絡)
12月9日追記「アパレル散歩道30」の
3.7クーリング性、②接触冷感の説明で、Qmaxの一般的な基準を0.2W/cm²と記載しましたが、厳密には下表となります。
改めてご確認ください。よろしくお願いします。
試験時の温度差の設定 | 一般的な基準 |
①JIS規格通りの10℃差の場合 | 0.1W/cm² |
②温度差を20℃差とした場合 | 0.2W/cm² |
(次回のコラムについて)
次回の第31回アパレルの散歩道では、耐久性、安全・安心性から見た機能性についてご紹介します。
よろしくお願いします
コラム : アパレル散歩道31
~魅力ある商品を開発するために~
テーマ : アパレル製品の機能性 : ~耐久性、安全・安心性について~
発行元
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター 事業推進室 マーケティンググループ
E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp URL:https://nissenken.or.jp
※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
Profile : 清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)
43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。
社外経歴
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長
日本繊維技術士センター理事 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会理事 TES会西日本支部代表幹事