アパレル散歩道

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第66回 : 「テキスタイルと熱に関する性質」

2024/07/01

テキスタイルの特性を学ぼうアパレル散歩道 テキスタイルの特性を学ぼう
衣料品と熱には、とても深い関係があります。熱とは、『温度が異なる2つの物体が接触するとき、高い温度の物体から低い温度の物体に移動するエネルギーをいう』(理化学辞典より)と示されています。

2024.7.1

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  1. はじめに
     衣料品と熱には、とても深い関係があります。熱とは、『温度が異なる2つの物体が接触するとき、高い温度の物体から低い温度の物体に移動するエネルギーをいう』(理化学辞典より)と示されています。また、『物体の温度を変化させるエネルギーのこと』とも定義されています。
    高温物体
    熱エネルギー
    低温物体

    図1 熱移動のイメージ

     私たちの周りには“エネルギー”が、運動エネルギー、位置エネルギー、電気エネルギー、光エネルギー、そして熱エネルギーとして存在し、その中でも熱エネルギーは、非常に重要なエネルギー形態の一つです。
     今回は、テキスタイルの性質を「熱」の視点で改めて確認します。なお、バックナンバーのアパレル散歩道 第30回「生理的快適性②」も参照ください。


  2. テキスタイル・衣服と熱の関係
     まず、私たちの日常生活での、熱に関係する体験の一例を表1に紹介します。
     衣料やテキスタイルの視点からみると、熱関係の要素には、主に、1.合成繊維の融点と2.熱伝導性があります。1.については、合成繊維に熱エネルギーが加わると、合成繊維を構成する高分子が振動し始め、やがて分子自体が流動し溶け始めます。また2.については、熱が放散するメカニズムの一つである「伝導性」に関わる性能になります。

    表1 日常生活における熱の影響
    分類日常生活での体験例要素
    合成繊維の融点
    たき火の火の粉で、ナイロンタフタ製ウインドブレーカーに小さい穴があいた
    合成繊維の耐熱性
    体育館でのバレーボール練習中、スライディング動作でポリエステルジャージの膝部に穴があいた
    摩擦溶融
    アイロンで、ポリエステルブラウスが溶けた
    ポリエステルの融点
    アイロン温度設定
    熱伝導性
    アルミカップで、ホットコーヒーは熱くて飲みづらい。一方、紙コップでは飲みやすい
    アルミと紙の熱伝導率の違い
    100℃の風呂には入れないが、100℃のサウナには入れる
    空気と水の熱伝導率の違い
    寒冷時は、綿入りやダウンジャケットを着る
    空気の熱伝導率
    暑熱時は薄着になる
    放熱促進


  3. 合成繊維の熱溶融

    1. 合成繊維の融点について
       表2に、各種繊維の融点(melting point)を示しています。これによると、天然繊維の綿、麻、毛、絹はいずれも熱に溶けずに最終的には500℃程度で分解、黒化し変質します。また、セルロース(植物繊維素)から作られた再生繊維も熱で溶融しません。一方、半合成繊維のアセテートなどは、セルロース(植物繊維素)に酢酸を反応させて合成繊維に近い性能を付与しているため、熱で溶融する性質が発現します。
       一方、ポリエステルやナイロンなどの合成繊維は、もともと石油から作られた原料チップ(図1)を熱で溶かし、微小な穴から押し出して長繊維として作られます。この紡糸工程は溶融紡糸(図2)と呼ばれます。このことは、逆に言うと、合成繊維製のテキスタイルや衣料品は、融点付近の熱で溶融する性質があるということにほかなりません。表1の①②③のように、日常生活で、アイロンやプレス機、また火の粉やタバコとの接触などにより、穴あきが生じることは基本的に避けられません。なお熱による穴あきの場合は、穴あきの周辺では合成繊維が溶けて硬くなっているのが特徴です。
       また、取り扱い表示のアイロン表示も、まず繊維素材の熱特性を踏まえた適正な表示が望まれます。

      表2 繊維の融点
      繊維融点
      再生繊維レーヨン キュプラ溶融しない
      天然繊維綿麻毛絹溶融しない
      半合成繊維アセテート260℃
      トリアセテート300℃
      合成繊維ポリエステル238~240℃
      ポリエチレン125~135℃
      ナイロン215~220℃
      アクリル210~230℃


      図2 合成繊維の原料チップ
      図2 合成繊維の原料チップ

      図3 合成繊維の溶融紡糸工程の例
      図3 合成繊維の溶融紡糸工程の例



    2. テキスタイル・衣料品製造と熱利用
       テキスタイル素材・衣料品の製造では、多くの工程で熱が使用され、製品の品質や品位向上に活用されています。これらの工程から、いくつかを紹介しましょう。

      (1) 毛焼き処理について
       綿、レーヨンなどの短繊維の糸や織物、ニット素材の表面上の毛羽を燃焼により除去し、風合いや光沢を改善しています。図4のように、火炎上を高速で糸や生地が通過し、表面の毛羽が除かれます。火炎の熱で糸や生地の品位を向上させている例です。

      図4 毛焼き工程の一例
      図4 毛焼き工程の一例



      (2) 仮撚り法による加工糸の製造
       ポリエステルなど合繊加工糸の製造では、仮撚り法が多用されています。もともと溶融紡糸で作られた合繊フィラメントは、真っすぐで伸縮性はありませんが、合繊加工糸は、図5のようにパーマネント状の捲縮けんしゅくがあり、糸自体に伸縮性があります。毛糸のような捲縮とかさ高・・・性があるため、ウーリー糸(wooly yarn)とも呼ばれます。
       加工糸の登場は、ストレッチ織物やウールライク織物をはじめ、その後のアパレル製品の多様化やシルエットに大きな影響を与えました。図6の仮撚り工程図()によると、C部の加熱ヒータ(熱源)によって軟化した糸が、F部で加撚と解撚、冷却されることにより、捲縮した加工糸ができ上ります。合成繊維の熱特性がこの加工糸を実用化させるに至った例です。

      :
      仮撚り法の「仮」とは、一時的に撚りをかけて加熱セットし、その後撚りを戻している(解撚)ため、一時的な撚りの意味で、「仮撚り」と命名されています。


      図5 フィラメント糸(上:なま糸)と加工糸(下:ウーリー糸)
      図5 フィラメント糸(上:なま糸)
      と加工糸(下:ウーリー糸)

      仮撚り法による加工糸生産の流れ
      図6 仮撚り法による加工糸生産の流れ

      日本衣料管理協会 繊維製品の基礎知識(新改訂版) P41


      (3) ポリエステルの染色
       世界で最も多用されている繊維であるポリエステル繊維は、高分子の結晶性が大きく、かつ化学構造中に染料と反応する基がなく、水との親和性も小さい疎水性繊維です。このため染色工程では、疎水性の分散染料を高温高圧下でポリエステル繊維内部に押し込むように染色しています。また最近は、染色効率がよい液流染色機が世界の主流となっています。
       液流染色機は、ニットだけでなく織物の染色にも使用され、図7のように染料液の噴射により、生地も染液も共に回流(赤矢印)しながらロープ状で染色されるため、色むらが発生しにくい利点もあります。ナイロンや綿などは常圧で染色されますが、ポリエステルの染色は、ポリエステル繊維や分散染料の特性から、高圧下で130℃~135℃の条件で染色されます。

      図7 液流染色機の原理
      図7 液流染色機の原理
      色彩社 実用染色講座 三訂版 P202に加筆


       分散染料は、サーモマイグレーション(熱移行)や昇華性、白場汚染の特性があるので、製造工程でのアイロンやプレスなどの熱処理、長期在庫中の色移り、消費者のアイロン処理などでは要注意となります。
        ≪ポリエステルの特性≫
        • 分散染めのポリエステルの大きな弱点は、サーモマイグレーション(熱移行)や昇華による汚染です。特に、ポリエステル濃淡配色商品にご注意下さい。
        • 分散染料のサーモマイグレーションや昇華汚染のしやすさは、もちろん環境温度や時間などの条件に影響されますが、染料の分子量の大小にも関係します。


      (4) プレセット
       プレセットは、主にナイロンやポリエステルなどの合成繊維製テキスタイル(織物やニット)を染色前に行うヒートセット(熱固定)のことです。ヒートセットにより、合成繊維のテキスタイルがそれまでの工程で受けたひずみを取り除き、染色時の縮みやしわの発生を防ぎます。具体的には、幅出しテンターで引っ張りながら所定の熱を加えて形状をセットしています。

      (5) アイロン・プレス仕上げ
      縫製工場の製造工程では、重要な工程として、アイロン・プレス仕上げがあり、紳士や婦人のスーツ、ジャケット工程で活用されています。その仕上げ工程の一部を表3に紹介します。

      表3 アイロン・プレス仕上げの例
      作業の種類具体的な作業名
      割り作業縫目割り、ダーツ割り
      補助作業布地折り返し、押さえ
      成形作業ポケット口、雨ぶた、襟ラペル作り
      曲面形成(立体化)作業いせ込み()、クセとり、伸ばし
      接着作業接着テープ貼り、芯貼り
       :
      いせ込みとは、織り糸の間隔をせばめて、布にふくらみを与える技法のこと。布地を細かく縫い縮めた後、アイロンで生地を座屈させずに整えて平坦な凸面を形成します


       アイロン・プレス仕上げの原理は、加熱により生地の可塑性を促進させ、所定の形状にした後、場合によりバキュームで冷却し形状固定するものです。スチームは乾熱だけよりも、可塑性をより促進させる目的で使用されます。(図8~11参照)

      スチーム処理

      熱と水分を与え、可塑性を促進する

      アイロンまたはプレス処理

      圧力をかけて所定の形状にする

      バキューム

      水と熱を急速に除き、形状固定する

      図8 アイロン・プレス仕上げの原理


      図9 業務用アイロンの例
      図9 業務用アイロンの例

      図10 バキューム機能付アイロン仕上台の例
      図10 バキューム機能付
      アイロン仕上台の例

      図11 バキューム機能付プレス仕上台の例
      図11 バキューム機能付
      プレス仕上台の例



      (6) 二次加工・熱接着プリント
       衣料品の製造過程で、熱に関連する二次加工には、プリーツ加工、顔料プリント(捺染)、熱圧着プリントなどがあります。プリーツ加工についてはアパレル散歩道 第62回、また顔料プリントと熱圧着についてはアパレル散歩道 第21回に概要を掲載していますので、改めてご確認ください。
       特に顔料プリント工程では、熱処理工程の加熱によってバインダーと触媒の化学反応が進行し、インクの耐久性が発現します。また熱圧着プリントでは、プレス機の加熱圧着によってホットメルト系樹脂が軟化し、生地組織に染み込んで冷却後に耐久性が生じます。したがって、これらの品質管理では、温度、時間などの管理が最優先事項です。(図12参照)

      連続式(コンベアタイプ)
      連続式(コンベアタイプ)

      バッヂ式(ボックスタイプ)
      バッヂ式(ボックスタイプ)

      図12 顔料プリントを施したパーツの熱処理(ベーキング)機器例


      図13 熱転写フィルムの構造
      図13 熱転写フィルムの構造



      (7) 染色加工工程の省エネ対策
       繊維製品の染色加工には、精錬→漂白→染色→仕上げなどの工程があります。精錬・漂白工程では、染色前に生地汚れを除去したり、染色後は余分な染料や助剤をソーピング(洗浄)で除去するなど、大量の温水を必要とし、一般に繊維1kgを染めるのに、500mlペットボトル換算で200本~300本も必要とも言われています。
       近年、地球環境負荷低減を実現し、サステナブルなもの作りを推進する流れもあり、省エネルギー、節水の染色工程への改善も進んでいます。


  4. 環境と人間
     私たちは年間を通じて、いろいろな環境下で衣料を着て活動しています。特に、寒冷や酷暑環境では、それに適した衣料の着こなしが求められます。人間の深部体温は36℃前後を維持していますが、環境温度が寒冷や酷暑に振れると、体温も上下に振れて、その結果、快適性が低下し、運動パフォーマンスも低下することになります。このため、厳しい温熱環境では、衣服内の熱(温度)の出入りをコントロールして、身体を常に快適な状態に保つことが大切です。

    図14 人間と衣料と環境のイメージ
    図14 人間と衣料と環境のイメージ

    1. 熱伝導性について
       すべての物質は基本的には熱を伝えますが、物質によりその程度は大きく異なります。表4は、主な物質の熱伝導率の例です。この熱伝導率から、表5のことが考察されます。

      表4 物質の熱伝導率の例
      材料熱伝導率
      (W/m・K)
      金属371
      アルミ236
      83
      コンクリート0.81
      ガラス・陶器0.76
      0.62
      繊維
      など
      ポリエステル0.157
      0.128
      ゴム0.151
      綿0.24
      毛(ウール)0.15
      空気0.026
      表5 テキスタイル・衣料品の熱伝導性に関するコメント
      1. 金属の熱伝導率は他の物質に比べて非常に大きく、熱を伝えやすい。なかでも、は熱伝導率が大きい。このため自動車やエアコンのラジエーターには、放熱効率が求められる銅が使用される。
      2. 空気や水は、金属より熱伝導性が非常に小さい。また、空気は水よりも熱伝導性はさらに低く、空気の熱伝導性は水の約1/23である。この差が、表1に示したサウナとお風呂での体感の違いの理由になっている。言い換えると、空気(デッドエア)をより多く含む素材は、熱が伝わりにくいため断熱性が大きく、ウエアでいうと保温性がよい。例えば、同じポリエステル素材でも「ポリエステルタフタより、ポリエステルフリースのほうが断熱性が大きく、暖かい」ということになる。
      3. 繊維は、ポリエステルなどの合成繊維、綿や毛などの天然繊維などで若干の差はあるが、おおよそ0.1~0.2台と大きな差はなく、熱伝導性は低いと言える。ただし、後加工で起毛加工したり、コーティング加工などを施した素材では、空気層をより多く含むため熱伝導率が変化することがある。


    2. 放熱のメカニズム
       冒頭に、「温度が異なる2つの物体が接触すると、高い温度の物体から低い温度の物体に、熱エネルギーが移動する」と述べました。この放熱のタイプには4種類あり、そのメカニズムを改めて表6に示します。

      表6 熱放散の種類とメカニズム
      種類メカニズム説明
      伝導物体の高温部から低温部に熱が移動する体温の熱が下着から中衣へ、中衣から外衣へ伝導し、外気へ放熱する…例:重ね着
      対流空気の対流により熱が移動する衣服内の空気が移動し、衣料開口部や生地組織から逃げて、放熱する…例:襟元や袖口、裾口など
      放射物体の間で電磁波によって熱が移動する赤外線は熱線とも呼ばれ、皮膚表面からも放出している。なお、電磁波である光は、真空中でも移動する…例:太陽エネルギー
      蒸発汗の蒸発潜熱(気化熱)によって熱が外部に放散する水(汗)の蒸発潜熱は0.67w・時/gで示される。夏期の高温環境では、発汗による気化熱放散が、体温低下に有効である…例:吸湿発熱シャツ

        ≪放熱と衣料の関係≫
        放熱には表6のように、4つのタイプがあります。防寒衣料の開発では、これらを低減させる工夫が大切です。逆に夏物衣料では、これらを促進させる工夫が大切です。


    3. 重ね着について~クロー値
       私たちは、寒い日に外出する時、色々な重ね着の着こなし(ウエアリング)を考えます。寒いからといって、素肌にダウンジャケットを着ることはないでしょう。重ね着は経験的に暖かいと理解していますが、着ぶくれして動きづらいケースもあるでしょう。このため、私たちは、暖かく、かつ動きやすい重ね着を実現することが必要であり、例えば商品のラインナップでは、これらを踏まえた重ね着品の企画の提案が望まれます。重ね着の効果や評価については、アパレル散歩道 第30回3.6のクロー値を参照してください。また、近年、クロー値を“クロ値”と表現する文献もあることを申し添えます。

      図15 サーマルマネキンの一例
      図15 サーマルマネキンの一例


        ≪クロー値(clo値)とは≫
      1. 衣料品の熱抵抗を測定することにより、製品の暖かさが評価できる。
      2. サーマルマネキン(図15)を使用して評価する。
      3. 発汗マネキンも実用化されている。
      4. 衣料品の重ね着も評価できる。
      5. 例) 下着0.03(clo)+シャツ0.20(clo)+ジャケット0.35(clo)=重ね着0.58 (clo)

        数値が大きいほど保温性は大きい



(第67回 アパレル散歩道の予告 – 2024年8月1日公開予定)

 次回は、『テキスタイルの特性を学ぼう』の7回目として、「空気に関する性質」を取り上げます。アパレル業界に携わる立場から、テキスタイル素材の特性を勉強しましょう。

著者Profile : 清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)

清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)

S51年京都工芸繊維大学卒業。43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウエアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。


社外経歴
一般社団法人日本繊維技術士センター
理事 技術士(繊維)
一般社団法人日本衣料管理協会
理事 TES会西日本支部顧問
大学非常勤講師
一般社団法人日本繊維製品消費科学会
元副会長
【発行】
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター
事業推進室 マーケティンググループ
E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp
URL:https://nissenken.or.jp
※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

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