2022/09/01
第44回 : 品質基準、品質試験の考え方
アパレル散歩道
2020/12/01
2020.12.1
今回も前回の続きで「企画・設計不良」について紹介します。前々回のコラムでは、「1.1染色関連」「1.2物性関連」の事例、また前回のコラムでは「1.3縫製仕様関連」の事例を取り挙げましたが、今回は、「1.4二次加工関連(顔料プリント)」、「1.5安全関連」の事例について勉強しましょう。
1.4二次加工(顔料プリント)関連・・顔料プリントと生地とのミスマッチ
事例1. はっ水生地や高密度生地などプリント難素材
(事故の概要)
(取扱い表示)
(事故現象に関するコメント)
カジュアル衣料やスポーツ衣料などには、商品の付加価値を高め差別化を図るために、顔料プリントという処方が広く採用されています。
顔料プリントの代表的な品質事故には、短期間の使用でプリントが剥がれたり、また、ひび割れや粘着(べとべと感)などが挙げられます。総柄の一部が剥がれても目立たないのですが、胸のワンポイントが剥がれると問題になりますね。私たちは、ニット製品で顔料プリントの事故は少ないですが、つるっとした合繊織物、特にはっ水加工した生地では、はく離事故が多いと感じています。
顔料プリント捺染は、縫製工場内でおこなわれることはほとんどなく、顔料プリント専門の外注工場に出されています。
ここでは、まず顔料プリント工程とインクの性質を勉強しましょう。
工程とインク特性が判れば問題点が見えるはずです。
(1) 顔料プリント工程について
図3のように、顔料プリントの工程には、①製版⇒②インク調合⇒③印捺(スキージング) ⇒④仮乾燥⇒⑤熱処理(ベーキング)があります。要は、生地に所定の色・柄のインクで印刷し、その後インクを熱で不溶化することです。①の製版では、版(スクリーン)はポリエステルの紗(しゃ)が使用され、プリント柄は感光膜剤で紗の上に作られます。また多色の場合は、色数に相当する版(スクリーン)が必要になります。
図4は③の印捺工程です。ここではスキージと呼ばれる道具を使ってハンドでインクを生地に印刷しています。
もちろん、ハンドでなく自動スクリーン印刷もあります。
(2)インクの種類と特性
インクは、図5の3つの成分を加えて作成します。
樹脂(バインダー)は印捺後に硬化して、プリントの耐久性を高めるものです。顔料(ピグメント)はプリントの色を決める色粉で、これ自体には染料のような結合力はあり
ません。ラメプリントでは、金属粉としてアルミ粉や
真ちゅう粉が併用されます。
硬化剤(架橋剤、フィクサー)は、樹脂(バインダー)を硬化させる触媒で、生地との接着性を架橋結合により促進させ、堅ろう性、洗濯耐久性などを向上させます。フィクサーとは、「フィックス(fix:固着)させるもの」の意味です。
(3)インクのタイプについて
表1のように、樹脂(バインダー)は、水性と油性に分類されます。水性樹脂は、はっ水素材には適さず、同素材には油性樹脂が使用されます。水を弾く生地に水性樹脂は相性が良くないということです。合繊高密度織物など樹脂がしみ込みにくい素材にはやはり油性樹脂が使用されます。水性アクリル樹脂は汎用製品に使用され、ウレタン樹脂は伸縮素材や凹凸素材などにも使用されます。
さて、顔料プリント捺染について、長い前置きをしましたが、ここから本筋にもどって、事故要因と対策について考えましょう。
(事故要因と対策)
・顔料プリント工程は、縫製工場から外注になるケースが高く、その品質管理はプリント捺染工場にお願いせざるを得ない。インク調合ミス硬化剤入れ忘れや熱処理不足で、樹脂の硬化不足やべたつきが発生すれば、大量事故発生につながる。顔料プリント工場での品質管理を構築すべきである。
・インクに硬化剤を入れると直ちに硬化が開始され、数時間で硬化が終了するため、その時間内に捺染を終了しなければならない。その時間をポットライフという。これらのインク管理も必要である。
・プリント時には、生地とインクの相性が大切である。はっ水素材には水性インクは適さず、油性が使用される。超撥水素材などは、油性でもはく離のリスクはゼロとはならない。時として、企画段階で顔料プリント仕様は中止し、刺繍や熱接着プリントも検討することも必要となる。
・高密度素材も樹脂のアンカー効果が小さく、プリント強度の維持には、はく離のリスクが残る。
・ほとんどの顔料プリントは、耐溶剤性に乏しく、ドライクリーニング不可など、適切な取扱い表示に努めること。
1.5安全関連・・安全に配慮した素材か、設計か
以前から、企業の社会的責任( Corporate Social Responsibility:CSR)が話題になっています。企業が社会や地域に対して責任を果たしつつ、共に発展していくための企業活動ですが、CSRには、各種の法令順守の義務はもちろん、安心・安全な商品やサービスの提供、人権尊重、環境配慮、流通の取り組みなどが求められます。製品の安全は、アパレルメーカーとしては販売する製品に密着した問題であり、アパレルメーカーとしても製品安全に対する義務と責任が問われています。ここではアパレル製品での代表的な安全事故事例を紹介します。
事例1. 素材の毛羽燃焼(表面フラッシュ)
(事故の概要)
(取扱い表示)
(事故現象に関するコメント)
表面フラッシュとは、ガスコンロやライターなどの炎が接触して生地表面の毛羽に着火して、瞬間的に毛羽が燃え広がる現象です。この現象だけでは事故に至る可能性は低いのですが、燃え広がった炎に驚いて鍋をひっくり返して火災や、火傷を負うなどの二次被害が考えられます。表面フラッシュが起こりやすい商品としては、綿などのセルロース繊維の起毛品やパイル地、ネル地などを使用したトレーナーやパジャマなどがあります。要は、綿素材で毛羽だった商品に事故発生リスクが高いといえます。したがって、企画段階で事故発生しやすい素材は採用しない姿勢が大切です。
(事故要因と対策)
・人体危害に関わる重大な案件であるため、メーカーでは安全基準を設定し、このようなハイリスクな素材は採用しないなどのルールを策定すること。
・ハイリスクな綿ニットの表起毛品は採用しないこと。表起毛品でなくても、毛羽のある微妙と思われる素材は、試験を実施して評価すること。また、合繊混用素材も微妙と思われるものは試験を実施すること。
・表面フラッシュの評価は、JISL1917「繊維製品の表面フラッシュ燃焼性試験方法」がある。
試験の評価基準例は以下の表2の通りである。
・判定が「注意」のもので企画を進める場合は、「毛羽が燃えやすいので火に近づかないでください。表面の毛羽に火が走ることがあります」などと表示を取り付けること。
事例2. 子ども服フードひもひっかかり(JIS規格適合)
(事故の概要)
(取扱い表示)
(事故現象に関するコメント)
欧米や中国、韓国では子ども用衣料の「ひも」に関する安全規格(EN 14682、ASTM F1816など)があり、各国の法律に取り入れられています。日本でも、より安全性を考慮した子ども服を目的に、「JIS L 4129 子ども用衣料の安全性/子ども用衣料に附属するひもの要求事項」が平成27年12月に制定公示されました。JIS番号の4129は「よいふく」にちなんで制定され、筆者はたまたま同JIS規格原案作成委員会に、メーカー代表のひとりとして参加して、子ども用衣料のひも仕様について細かい議論をしたことを記憶しています。
このJIS規格はわが国では法令ではないものの、海外の同様の規格が法令に取り込まれていることもあり、わが国においても実質的に重要な規格であることは間違いありません。このため、子ども衣料の生産販売業者は、同規格を正しく運用することが求められます。納入先から、規格違反として改善を求められることがありますので、ご注意ください。
これまで、子ども達が自転車に乗っているときに車輪に裾ひもが絡まったり、電車のドアに背中のひもが挟まれたり、滑り台に首回りのひもが引っかかったりして、重大な事故が発生することがありました。
(事故要因と対策)
・子ども服を企画製造するアパレルメーカーや販売店は、この規格を順守する方針を、全社で共有すること。特に、デザイナーやパタンナーは熟知すること。
・展示会時のサンプル製品のチェック項目に、「ひも仕様」を入れて、チェック漏れのないようにすること。
併せて、担当者が規格の内容を熟知していることが前提となる。また、改善は文書で依頼し、改善結果も記録として残すのが望ましい。
・本規格は子ども服の規格であるが、一般成人用衣料も検討するに値する。過度に長いひもが裾や背中につくデザインの商品は、子どもでも成人であっても危険であり、成人用も任意で検討する姿勢も大切である。
・以下に代表的な当該JIS規格の内容を一部紹介する。規格とは別に、具体例を示した「解釈Q&A」も経産省で作成されているので、参考にしてほしい。
自由端は解放時140mm以下、意図したサイズまで絞り時280mm以下
ほどいた状態で締結点より360mm以下
衣料の裾から下に垂れ下がってならない
後部のひも出しや結びひもは不可である
たて方向の調節タブは140mm以内など
よこ方向の調節タブは100mm以内など
ひもの素抜けを防止するために、縫い止めを施すこと
1.衣料から突き出る固定ループは円周が75mm以下、
2.衣料から突き出さない平らな固定ループは、75mm以下
1.ファスナー スライダからの長さ 75mm以下
2.裾から下に垂れ下がる場合は10mm以下
図8.JIS L 4129 要求事項からの抜粋
次回からは、「生産時のばらつきによる事故事例」を勉強しましょう。
コラム : アパレル散歩道⑨
~繊維製品の品質苦情はなぜなくならないのか~
テーマ : 品質事故例の紹介 ~生産時のばらつき その1~
発行元
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター マーケティンググループ 企画広報課
E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp URL:https://nissenken.or.jp
※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
Profile:清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)
43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。
社外経歴
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長
日本繊維技術士センター執行役員 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会常任委員 TES会西日本支部代表幹事
アパレル散歩道
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