第21回 : アパレル製品の二次加工 (顔料プリント、熱転写プリント)
2021/07/01
2021.7.1
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今回のコラム「アパレル散歩道」では、アパレル製品の二次加工で多用されている顔料プリント、熱転写プリントについて勉強しましょう。顔料プリント加工は、顔料プリント専門工場でおこなわれ、縫製工場から外注され、また、熱転写プリントは縫製工場内で専用接着プレスを用いて実施されるのが一般的です。
- 顔料プリント
図1.顔料プリント製品の例
街で、皆さんの着ている衣料品を見ていると、顔料プリントなどを施した衣料品を着ている方が多いことに気づきます。主に、カジュアル系やスポーツ系でしょうか。織物、ニットにかかわらず、多彩や配色や柄の顔料プリントが街にあふれているといってもいいでしょう。
品質面で言えば、やはり耐久性が気になります。数回の着用や洗濯で顔料プリントがはく離したり消失すると、消費者としても期待を裏切られた感もあり、品質苦情につながることもあります。ものつくりに携わる皆さんは、ぜひ顔料プリントの加工工程を理解し、特性を把握していただきたいと思います。
- 染料プリントと顔料プリントの違い
まず、顔料と染料の違いを理解してください。
表1. 顔料と染料の比較
タイプ | 加工状態 | 物質 | 特徴 | 生地との結合 |
染料 | 主に生地に加工する | 染料 (Dye) | 水に可溶 色を有する物質で、天然染料や合成染料などがある | 生地と染料は、基本的に化学的な結合や、繊維内部への分散状態を有する |
顔料 | 主にパーツに加工する | 顔料 (Pigment) | 水やアルコールに不溶 不透明物質でいわゆる絵具のようなもの。無機顔料や有機顔料がある | 顔料は化学的な結合はない 樹脂の併用で、生地に結合する |
図2.染料と顔量の繊維との結合状態1)
表1.図2のように、顔料プリントと染料プリントでは、明らかに繊維に結合する方法が異なることが分かります。顔料自身は結合力がないため、接着樹脂の力を借りて繊維に結合します。
したがって、その接着剤の種類や接着方法に不備があると、接着耐久性が十分得られず、品質事故につながります。また、時として、大量プリント不良事故につながるリスクは否定できません。
このことをまず理解しましょう。
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典型的な顔料プリント事故
典型的な顔料プリントの事故の現象は、次の4つです。
表2. 典型的な顔料プリント
事故の現象 | 発生しやすい生地 |
①はく離 | 織物 はっ水加工素材 |
②ひび割れ | 伸びのあるニット製品 |
③べたつき | – |
④色移り(マイグレーション) | 濃色生地に白や淡色プリント配色製品 |
図3.はく離現象
図4.ひび割れ現象
図5.色移り(マイグレーション)現象
繊消誌:シリーズ「苦情品診断学実践講座」
より引用
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顔料プリントの製造工程
顔料プリントの製造工程は次の通りです。
※仮乾燥 : 多色刷りを効率よく行うためインク表面を乾燥させる目的でおこなわれる
図6. 顔料プリントの製造工程
図7.プリント工場概要
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製版について
図8.版(スクリーン)の一例
版(スクリーン)には、ポリエステルの紗(しゃ)が使用され、製版は次の工程でおこなわれます。(図8参照)
- もともと水溶性だが、紫外線で硬化する樹脂を紗の全面に塗布する。
- 黒いプリント柄の入ったフィルムを紗の上に置き、紫外線を照射する。プリント柄部分の紗には紫外線が当たらない。
- 紫外線の当たった部分だけが硬化し、膜が形成される。この部分はインクが通過しない。
- 版を水洗いして、紫外線が当たらず硬化しなかった部分の樹脂を除去する。
これで、版型の完成です。多色刷りの場合は、色数に相当する版型が作成されることになります。
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顔料プリント用インク
顔料プリント用インクは、次の3つの物質を混合して作られます。
表3. 顔料プリント用インクの配合
物 質 | 概 要 |
①顔料 (ピグメント) | ・色剤や色粉とも呼ばれる。これ自体には接着力はない
・ラメプリントでは、金属粉として、アルミ粉や真ちゅう粉が併用される
・発泡プリントは、発泡剤が併用される |
②樹脂 (バインダー) | ・色剤と併用され、これが繊維に結合する
・樹脂にはいくつかのタイプがある。⇒1.6参照のこと
・バインダーは、固定するという意味である |
硬化剤 (架橋剤・フィクサー) | ・硬化剤は、樹脂(バインダー)の硬化を促進させる触媒である
・生地との接着性を架橋結合により促進させ、堅ろう性、洗濯耐久性などを向上させる
・フィクサーとは、「フィックス(固着)させるもの」という意味をもつ |
硬化剤を混ぜると、その直後から樹脂の架橋反応が始まり、インクは硬化を始めるため、混合後4~6時間以内に印捺を終了しなければなりません。この時間はポットライフと呼ばれています。図9は架橋反応のイメージを示しています。架橋反応はプリント後の熱処理で加速されます。
図9. 架橋反応のイメージ
図10.インク調合室の写真
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樹脂(バインダー)の種類について
樹脂には水性タイプと油性タイプがあります。また水性タイプには、アクリル系とポリウレタン系があり、表.4のように使い分けられている。はっ水加工生地では、水性樹脂は適さないため、油性タイプが使用されています。
表4.樹脂のタイプについて
タイプ | 特徴 |
水性樹脂 | ①アクリル樹脂 | カジュアル・一般繊維用 |
②ウレタン樹脂 | 一般繊維、伸縮素材、凹凸素材、目の粗い素材用 |
油性樹脂 | ウレタン樹脂 | はっ水素材、高密度織物、表面光沢素材用
(難接着性素材に適している) |
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印捺について
印捺には、スキージゴムが使用されます。ゴムの弾性でインクをスクリーン型から生地に押し出すように印捺されます。スキージのゴム硬度が高いほどシャープな柄が得られます。また、印捺は手作業のハンド式と機械によるオートスクリーン式があります。
図11.スキージ工程について
図12.ハンドスクリーン(手捺染)
図13.オートスクリーン機の一例
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熱処理(ベーキング)
1.5で説明しましたように、顔料と樹脂と硬化剤が配合されると、インクは直後から硬化が始まりますので、一定時間内(ポットライフ)に印捺を完了しなければなりません。印捺が終了すると、基本的には、しっかり熱をかけて樹脂の架橋反応を促進し、プリント強度を高める必要があります。ただし、一部に自然乾燥だけで十分なインクもありますので、ご注意ください。熱処理(ベーキング)には、バッヂ式(ボックスタイプ)と連続式(コンベアタイプ)があります。作業効率的には、後者が一般的でしょう。
また、海外プリント工場に行くと、図16のような「走行車」と呼ばれる機械が、プリントパーツ上をゆっくり移動しているのを見る機会がありますが、これは多色刷りなどで、次の色を早く印捺するために、インク表面を仮乾燥する機械です。遠赤外線などが使用されていますが、インク全体の架橋反応を促進し硬化させるほどのものではありませんので、ご注意下さい。
図14.ボックス式熱処理機
図15.連続式熱処理機
図16.走行車
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品質試験について
洗濯などによるはく離の再現は、もちろん実用洗濯試験が基本となります。また、ポリエステル濃色生地からの色移り(マイグレーション)の再現試験は、JIS L 0854「昇華に対する染色堅ろう度試験」を準用した試験が有効です。
<実用洗濯試験>
- 裁断パーツなどで、繰り返し洗濯試験をおこない、顔料プリントの 洗濯耐久性を評価する。
- 洗濯試験方法や回数は、製品の種類 、取扱い表示、予想される洗濯頻度などにより、個々に設定する。
- 汎用ニットや 織物製品では、 JIS L 1930 付属書FにあるC4N法やC4M法などで10 回以上を目安にするとよい 。連続洗濯試験機も試験時間短縮に有効である。
また、粘着テープによるはく離試験も有効と考えますが、粘着テープの銘柄によって粘着力に差があり、テープの銘柄の指定やはく離スピードの統一など、一定のマニュアル化が必要です。
<昇華堅ろう度準用試験>
図17. 昇華堅ろう度準用試験の例
JISの昇華堅ろう度試験を応用した試験です。
- 図17のように、ポリエステル濃色生地から淡色プリントへ、分散染料の移行によるプリント変色の程度を評価することを目的としています。
- また、顔料プリント同士の自着(くっつき)の程度も併せて評価できます。自着の傾向があれば、プリントの熱処理が不足していることが考えられます。
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品質管理の手法
顔料プリントの品質管理では、インクの耐久性を追求する観点から、次の3つが重要なポイントになります。
・インク配合の管理
・インク/ポットライフの時間管理
・熱処理(ベーキング)条件の管理
また、商品企画時と本生産時での対応が個別に求められます。以下にそのポイントを説明します。
(商品企画時)
- 顔料プリント仕様の商品が企画されると、遅くとも本生産前までに、生地と顔料プリントの適合性(相性)を洗濯試験などで確認すること。しかし、この時、試験用の生地が本番規格でなかったり、顔料プリント工場が本番予定工場でなかったら、試験の意味はない。本番生地や本番プリント工場が決定次第、至急試験を実施すること。
- 超はっ水素材や高密度素材などは、油性インクでもはく離のリスクはゼロとはならない。試験の結果によっては、企画段階で顔料プリント仕様は中止し、刺繍や熱接着プリントなどを検討することも必要である。
(本生産時)
- プリント工場に対して、インク調合管理、ベーキング温度・時間管理を徹底させる。管理記録を残させること。
- 先発品は、製品品番、各色毎に、至急繰り返し洗濯試験を実施し、品質を確認すること。
- 継続生産では、抜き取り試験を実施し、品質のばらつきを防止すること。
- プリント外注工場からパーツが返却されると、受け入れ検査として、プリント位置、配色、プリント面のべとつき感などを確認し、場合により洗濯試験などを実施させる。
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顔料プリントの関連事例
図18.ひび割れ現象
<例1>プリントのひび割れ
ポリエステル/綿製のニットシャツに加工された顔料プリントが、数回の家庭洗濯でひび割れしてきた。
考察 : インク調合やベーキング不足による樹脂バインダーの硬化不足と推定される。まれに架橋剤入れ忘れなどもある。
<例2>プリントのべとつき
綿製のブルゾンに加工されていた顔料プリントのロゴに、べとつき(粘着)の程度が強かった。(粘着現象)
考察 : 同様に樹脂の硬化不足や硬化剤が多く配合されていたなどインク調合ミスやベーキング不足でも発生する。ポリウレタン樹脂の加水分解も原因として考えられる。
<例3>プリントの自着
店頭で製品をポリ袋から取り出したら、顔料プリント同士がくっついていた。(自着現象)
考察 : 事例2の状態が進み、長期にプリント同士接触すると、自着現象が生じることがある。
<例4>プリントの変色
濃色ポリエステル生地に白色プリントの場合、分散染料の移動でプリントが変色した。
考察 : ポリエステル生地の品質もあるが、分散染料の移動は基本避けられない。防止策として、プリントの第1層に移行防止層(カーボンなど)を設定する。カーボン層は分散染料を吸着する機能がある。
この移行防止層の採用は、プリントコストにも影響するため、アパレルメーカーから指定することが重要です。
図19. 分散染料の移行による汚染対策
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熱転写プリント
熱転写プリントとは、透明離形フィルムに印刷された顔料インクを専用熱プレス機を用いて生地に熱圧着する方式のプリントです。縫製工場内で作業が完結できて、品質管理や納期管理もしやすいメリットがあります。
図20. 熱転写フィルム(左)と熱転写後の状態(右)2)
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熱転写フィルムについて
図20のように、熱転写プリントに用いられる転写フィルムには、ホットメルト接着剤が加工されており、
この接着剤が熱で軟化溶融しながら生地に含浸し、接着強度が得られます。
図21. 熱転写フィルムの構造
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接着の3要素
図22.熱プレス機の一例3)
熱転写プリントの接着では、図22のような熱プレス機が使用されます。
このため、熱転写では、熱プレス機の「鏝(こて)面の温度」、「時間」、「圧力」がプリントの品位や耐久性に大きく影響します。適度な熱によってホットメルト系接着剤が軟化し、適度な圧力によって、生地へ接着剤が浸透することが重要となります。(図23参照)
適正な熱プレス機とは、上記「温度」、「時間」、「圧力」の3条件を的確に管理できる熱プレス機であり、逆に管理できないプレス機は使用に適さないことになります。
図23. 鏝面の温度上昇
具体的には、次のようなプレス機は好ましくないと思われます。
・圧力がバネなどによる仕様で、圧力が数値管理できない熱プレス機
・鏝面の平行がとれず片がかりするなど、メンテナンス不良な熱プレス機
・鏝面の表面温度が場所によって著しく差がある熱プレス機
・鏝面の表面温度が時間とともに著しく変化する熱プレス機
・作業上の安全装置が設定されていない熱プレス機
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品質試験と注意点
一般的な試験方法は、顔料プリントと同様に繰り返し洗濯試験が基本となります。
顔料プリントのようなインク調合のばらつきによる事故リスクが少ないため、経験的に品質トラブル発生は少ないと思います。
ただし、顔料プリントと同様に、ポリエステル濃色生地に白色系の熱接着プリントをする場合、濃色生地の分散染料がプリント樹脂に色移行(マイグレーション)する可能性があるのは同様で、プリントの第一層目に移行昇華防止層(カーボン層)を設定する印刷仕様が望ましいといえます。
<顔料プリント>
- 品質不良の原因には、インク調合ミス、ポットライフ管理ミス、熱処理条件不適正などがある。
- はっ水加工生地、高密度素材は、接着強度にリスクがある。
- ポリエステル素材で、色移行のリスクがある時は、移行防止層のあるプリント処方にすること。
<熱転写プリント>
- 品質不良の原因には、熱プレス機の温度、圧力、時間の管理不適正などがある。
- はっ水加工生地、高密度素材は、接着強度にリスクがある。
- ポリエステル素材で、色移行のリスクがある時は、移行防止層のある転写フィルムを検討すること。
(参考資料)
1) ニッセンケン「思いつきラボ」 No.38引用加筆
2) 繊維製品の品質問題究明ガイドPart1 P.141
3) アサヒ繊維機械工業(株)ホームページより引用
<次回のコラムについて>
次回から3回シリーズで、皆さんが素材メーカーや取引先と折衝されるときに役立つ繊維・アパレル製品の用語を紹介します。
コラム : アパレル散歩道22
~繊維製品の品質苦情はなぜなくならないのか~
テーマ : 繊維・アパレル製品の用語 その1
発行元
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター 事業推進室 マーケティンググループ
E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp URL:https://nissenken.or.jp
※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
Profile : 清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)
43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。
社外経歴
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長
日本繊維技術士センター理事 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会理事 TES会西日本支部代表幹事