第43回 : ものつくり原点回帰シリーズ ~商業洗濯について~
2022/08/01



2022.8.1
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前回までのアパレル散歩道では、「ものつくり」の視点から、材料や縫製について勉強してきました。今回の第43回アパレル散歩道では、アパレル製品のメンテナンスとして「商業洗濯」を取り挙げます。
「商業洗濯」とは、クリーニング店で実施する洗濯処理です。われわれ消費者は、クリーニング店の受付に洗濯物を持って行き洗濯処理を依頼するわけですが、その後のクリーニング店での洗濯処理内容について、明確に理解できていないケースも多いと思います。お店の奥に設置しているクリーニング機で処理されたり、洗濯工場に搬送後、まとめて洗濯処理されているケースもあります。
今回のアパレル散歩道では、「商業洗濯」の概要を紹介します。
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商業洗濯の分類
クリーニング店では、受付した衣料品の種類、汚れの程度、表示内容(組成や取扱い表示)、付属品などを確認して適切な処理が行われています。クリーニング店では、一般に「ランドリー」、「ウエットクリーニング」、「ドライクリーニング」が実施されていますが、その内容と特徴について、表1に示しています。また、消費者が商業洗濯施設で自ら行う「コインランドリー」も併せて紹介します。
表1 商業洗濯の種類
分類 | 説明 |
ランドリー | クリーニング店で行う機械による温水洗い |
ウエットクリーニング | クリーニング店で行う特殊な技術によるマイルドな水洗い |
ドライクリーニング | クリーニング店で行う有機溶剤によるクリーニング |
コインランドリー | コインランドリー業者が街中に設置した洗濯設備を使用して消費者が行うランドリー |
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ランドリー
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ランドリー処理について
ランドリーとは、クリーニング店でおこなう
温水による機械洗いです。ランドリー機(大型ドラム型洗濯機)に専用の洗剤やアルカリ剤を加えて、40℃~60℃の温水を用いて洗濯されます。ランドリーに適する商品には、ワイシャツ、シーツ、テーブルクロス、タオルなど水洗いの耐久性に優れた商品(比較的白物)が多いようです。
~ランドリーの語源~
ランドリーは、英語でlaundryと書きます。
洗濯物、洗い物、クリーニング店、洗濯屋、洗濯場、洗濯することなど、幅広い意味があったようです。

図1 ランドリー機の例
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ランドリーの洗浄工程
クリーニング店で一般的に行われている綿製ワイシャツのランドリー工程を例として紹介します(表2参照)。家庭洗濯と大きく異なる点は、乾燥工程で自然乾燥やタンブラー乾燥をせずに、脱水後、湿った状態の生地にアイロンやプレス機で濡れ掛けが行われていることです。
表2 ランドリー工程の例
工程 | 説明 |
1 | 洗い | 専用の大型ドラム型洗濯機を使用する。また、洗浄力向上剤として、アルカリ剤(メタケイ酸ソーダ)などを加える。40℃~60℃の温水を使用する |
2 | 漂白 | 過炭酸ナトリウムや過酸化水素水などが使用される |
3 | すすぎ | 大量の水で数回行われる |
4 | 糊つけ | コーンスターチやタピオカ澱粉などの天然糊、ポリ酢酸ビニル、PVA(ポリビニルアルコール)、CMC(カルボキシメチルセルロース)などの合成糊が使用される |
5 | 脱水 | 遠心脱水機で脱水される |
6 | 乾燥 | 一般にワイシャツは乾燥させず、アイロンやプレス機で濡れ掛けが行われる |
7 | 仕上げ
シミ落とし | しわや型くずれをプレス機で修正する。落ちきれなかったシミを除去する。本工程は洗い前に実施することもある。シミ落としは前処理で行われる場合もある |

図2 乾燥機の例

図3 シミ落とし工程の例
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ウエットクリーニング
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ウエットクリーニング処理について
ウエットクリーニングとは、JISによれば、「特殊な技術を用いた業者による繊維製品の水洗い処理」です。
ランドリーが温水で強い機械力による水洗いであるのに対して、ウエットクリーニングは、ランドリーよりややマイルドに洗浄する必要のあるものやかなり注意して洗う必要のあるものに対する、水温やpH、機械力等の条件をコントロールして行う水洗いです。
また、本来ドライクリーニングをすべき衣料品を、水を使って洗浄することもあります。例えば、家庭洗濯が不可のドライクリーニング処理が可能な商品で、汗などの水溶性の汚れやシミをドライクリーニングで取り除くことが困難な場合、クリーニング店の特殊な技術に基づいてウエットクリーニングされることもあります。洗浄には水を使用し、化学的・物理的な損傷を可能な限り抑えた洗濯方法とされています。
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ウエットクリーニングに適する衣料品
ウエットクリーニングを実施する繊維製品には、どのようなものがあるのでしょうか。3.1のウエットクリーニングの特徴を踏まえて、以下の表3のような商品が対象になります。
表3 ウエットクリーニングの対象商品など
ウエットクリーニングされるケース | 対象商品など |
①一般にドライクリーニング処理されるが、水溶性汚れを除去したい場合 | ウールスーツやウールコート、シルクドレスやシルクブラウスなど |
②ドライクリーニングができない商品で、顔料プリントなどが施されている場合 | 顔料プリントが施された綿入りジャケットなど |
③もともと水洗いはできるが、洗濯時の機械によるダメージを抑えたい場合 | ダウンジャケット、レーヨン使いジャケット、オパール加工ドレス、破損しやすい付属がある商品など |
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ウエットクリーニング JIS 取扱い表示
JIS L 0001に基づく、ウエットクリーニング処理の取扱い表示には以下の4種類があります。
図4 ウエットクリーニングの取扱い表示
| | | |
ウエットクリーニングはできない | ウエットクリーニング処理ができる
(通常の処理)
| ウエットクリーニング処理ができる
(弱い処理)
| ウエットクリーニング処理ができる
(非常に弱い処理)
|
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ドライクリーニング
ドライクリーニングは、水洗いしにくい衣料品を有機溶剤で洗濯することです。有機溶剤とは、油性で揮発性の高い液体です。

図5 ドライクリーニング機の例
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ドライクリーニング処理について
クリーニング店では、主に「石油系溶剤」と「パークロロエチレン」の2種類が多用されています。また、ごく一部ですが「フッ素系溶剤」も使用されています。4.2では、各々の溶剤の特性を説明します。
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ドライクリーニング溶剤について
各種クリーニング溶剤の特性を表4に示しています。その内容を見る限り、万能な性能をもつ溶剤はないということが分かります。
表4 各種ドライクリーニング溶剤の特徴1)
| 石油系 | パークロロエチレン | フッ素系 |
油脂溶解力(KB値) 油汚れの落ちやすさ | 25~40 中弱~中 | 90 強 | 13~34 弱~中弱 |
比重 | 0.75~0.85 | 1.62 | 1.27~1.55 |
沸点(℃) 乾きやすさ | 150~210 乾きにくい | 121.2 乾きやすい | 40.2~54 極めて乾きやすい |
素材や染色に対する影響 | 小さい | 大きい | 小さい(アクリル樹脂など一部素材に特異性あり) |
許容濃度(ppm) 毒性 | 500 小さい | 25 大きい | 50~1000 やや大~小 |
環境への影響 | 中程度 | 排気・排水した場合大きい | 排気・排水した場合
中程度 |
引火性 | 引火点 38℃以上 | なし | なし |
その他 | ・建築基準法規制 ・化学やけどのリスク | ・水質、土壌汚染問題 | ・洗浄力にやや難があるものがある ・規制、廃止など将来性が不透明 |
≪石油系溶剤≫
- 石油系溶剤は、乾きにくいことが「化学やけど」のリスクになっている。
- 油脂溶解力は、パークロロエチレンより弱いため、多用されている。
- 毒性は低く、環境への負荷もパークロロエチレンより小さい。
- 引火性があり、機械によっては密閉性不足やそもそも回収装置を付帯していない等で、使用済み溶剤の回収率が低い。
≪パークロロエチレン≫
- パークロロエチレンは、石油系より乾きやすい。
- 油脂溶解力は石油系より強いため、商品により使用が限定される。
- 引火性はない。
- 毒性は高く、廃棄や排水された場合、地下水や土壌、大気汚染のリスクとなる。
- 比重が大きく、洗濯中の負荷で商品が傷むことがある。
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ドライクリーニングの取扱い表示
JIS L 0001で、ドライクリーニング処理の取扱い表示には、以下の5種類があります。
図6 ドライクリーニングの取扱い表示
| | | | |
ドライクリーニング処理ができない | パークロロエチレン及び記号Ⓕの欄に規定の溶剤でのドライクリーニング処理ができる。 通常の処理 | パークロロエチレン及び記号Ⓕの欄に規定の溶剤でのドライクリーニング処理ができる。 弱い処理 | 石油系溶剤(蒸留温度150~210℃、引火点38℃~)でのドライクリーニング処理ができる。 通常の処理 | 石油系溶剤(蒸留温度150~210℃、引火点38℃~)でのドライクリーニング処理ができる。 弱い処理 |
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石油系とパークロロエチレン 各ドライ機の普及率
わが国では石油系溶剤が90%で、パークロロエチレンが8%程度と言われています。ほとんどのクリーニング店には石油系ドライクリーニング機は設備されていますが、パークロロエチレン機は一部のクリーニング店やクリーニング工場にのみ設置されていることになります。

図7 わが国のドライクリーニング溶剤の普及率
また、欧米に目を向けると、30~40年前は多くの国がパークロロエチレン機のみでした。しかし、近年ではパークロロエチレン溶剤による地下水汚染などの問題もあって、パークロロエチレンが50%程度に減った代わりに石油系が35%以上に増加しているようです。もともと石油系溶剤は引火性があり消防法上の規制が厳しく、溶剤の回収率等にも問題があったのですが、近年は引火点の高い溶剤や回収率の高い石油系ドライ機の普及により、使用率が高まっています。
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コインランドリー
店舗に備え付けられた洗濯機を用いて、消費者自らが洗濯する形式のクリーニング施設のことです。店内に洗濯機や乾燥機が設置され、洗剤などの自動販売機などもあり、コイン(硬貨)などで利用できる業態になっています。コインランドリー利用には以下のようなメリットがあります。
- 雨天や梅雨など乾燥が難しい時期でも、乾燥機が低価格で利用できることで、乾燥機が自宅にない家庭では大きなメリットとなる。
- 家庭用洗濯機は毛布など大型の繊維製品の洗濯処理が難しく、コインランドリーの大型洗濯設備は大きなメリットとなる。

図8 コインランドリー設備の例
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商業洗濯の事故例
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婦人セーターに取り付けたスパンコールの硬化
パークロロエチレンによる副資材の破損例です。一般に、毛100%のセーターには図9のドライクリーニングマークが表示されていますが、スパンコールが縫い付けられた毛100%のセーターがパークロロエチレン溶剤でドライクリーニングされると、スパンコール樹脂が溶けて硬化することがあります(図10参照)。
最近のスパンコールは、プラスチックフィルムの表面に金属加工を施しています。フィルムにはポリ塩化ビニル樹脂やポリエステル樹脂が使用されていますが、ポリ塩化ビニル樹脂は溶剤で硬化する特性があります。改善策としては、基本水洗いができない毛セーターなどに使用するスパンコールは、ポリエステル樹脂タイプを使用することをお薦めします。
図9 ドライクリーニング表示
(パークロロエチレン)

図10 スパンコールの硬化した事故
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毛100%ニットプルオーバーの縮み
ドライクリーニングで、水分管理不適正によるウールセーターの縮みの一例です。
ドライクリーニングで使用される溶剤は、油溶性汚れはよく落としますが、水溶性汚れは落としにくい性質があります。このため、商業洗濯のドライクリーニング工程では、少量の水分が添加された洗剤を使用したり、水分を含む前処理剤をスプレーするなどして、水溶性汚れを落としやすくしています。しかし、溶剤中の水分管理に問題が生じて水分が多くなると、毛繊維に水の影響と揉み作用による“スケール”が広がり、さらにスケール同士が絡み合うことでフェルト化が発生し、商品が縮むことがあります。
正常な毛繊維の外観
水分、酸やアルカリの影響を受け、スケール(鱗片)が広がった状態
摩擦により、広がったスケール同士が絡み合った状態(フェルト化)
図11 フェルト化のメカニズム
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石油系処理による一時的なはっ水性の低下
石油系ドライクリーニング処理における、ソープ残留によるはっ水性低下の一例です。
石油系溶剤には引火性があります。静電気によるスパークが着火源になることを防ぐため、帯電防止としてのドライクリーニング用ソープ(洗剤)が、クリーニング後にも製品表面に若干残留している必要があります。このため、残留したソープによってはっ水加工が一時的に低下していることがあり、このようなケースは、水洗いでソープを除去するとはっ水性が復元することがあります。復元しない場合は、着用や洗濯などで、はっ水剤自体が脱落している可能性があるため、クリーニング店によるはっ水加工や市販のはっ水スプレー加工が改めて必要になります。
図12 ドライクリーニング
(石油系)の取扱い表示

図13 スキーウエアのはっ水性低下の例
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ドライクリーニング溶剤による化学やけど
石油系ドライクリーニング溶剤による化学やけどの一例です。化学やけどは、溶剤による化学刺激のひとつです。4.2のように、石油系溶剤は沸点が高く乾きにくい溶剤です。クリーニング店で石油系ドライクリーニング後の乾燥が不十分な場合、ウエアに溶剤が残っていることがあり、クリーニング後すぐに消費者が着用するとウエアに接していた皮膚が赤くなったり、かぶれの症状を起こす恐れがあります。クリーニング店では充分な乾燥を行い、石油系溶剤を残留させないことが望まれます。
また、消費者は、クリーニング店の石油系ドライクリーニング処理後に商品を引き取るときは、ポリ袋から出して風乾で溶剤成分を充分飛ばしておくことが大切です。特に合成皮革製品やダウンジャケットなど、乾きにくい重衣料品で注意が必要となります。
≪石油系溶剤残留の目安≫
石油系溶剤は独特の臭気があり、クリーニング後の商品で臭気が気になる場合は風乾をお勧めします。また、ポリ袋は移動用のための袋であり、保管時はカビの発生を防止するためポリ袋から出して保管することが望ましいと言われています。
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クリーニング店のランドリー処理による、ワイシャツの襟の縮みや傷み
ランドリー工程の「濡れ掛け」による縮みや傷みの例です。2.2のランドリーの洗浄工程で示したように、一般にワイシャツなどは脱水後に乾燥させず、アイロンやプレス機で「濡れ掛け」が行われています。
「濡れ掛け」はまだ湿っているシャツにアイロンやプレス機でヒートセットするため、そのセット効果は非常に高くなりますが、繰り返しの処理条件が厳しくなると、襟の芯地が縮んだり、生地強度が低下することがあります。なお、シャツメーカーにおいても、「濡れ掛け処理」を前提とした芯地や生地の選定が望まれます。

図14 襟の芯地の縮みにより表地がたるんだ事故
今回の「アパレル散歩道~商業洗濯~」の作成に当たり、
プロックス・ラボ社 代表・西山誠氏のご助言をいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。
(参考資料)
1)西山誠、“ドライクリーニングに関する事故事例”、TES会西日本支部品質問題研究会資料より引用
(次回のアパレル散歩道 / 9月1日発行)
次回の第44回「アパレル散歩道」では、「品質基準、品質試験の考え方」を予定しています。
コラム : アパレル散歩道44
~魅力ある商品を開発するために~
テーマ : ものつくり原点回帰シリーズ ~品質基準、品質試験の考え方~
発行元
一般財団法人ニッセンケン品質評価センター 事業推進室 マーケティンググループ
E-mail: pr-contact@nissenken.or.jp URL:https://nissenken.or.jp
※当コラムの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
Profile : 清嶋 展弘 (きよしま のぶひろ)
43年間株式会社デサントに勤務し、各種スポーツウェアの企画開発、機能性評価、品質基準作成、品質管理などを担当。退職後は、技術士(繊維)事務所を開業。趣味は27年間続けているマラソンで、これまで296回の大会に参加。
社外経歴
日本繊維技術士センター理事 技術士(繊維)
文部科学省大学間連携共同教育事業評価委員
日本衣料管理協会理事 TES会西日本支部元代表幹事
(一財)日本繊維製品消費科学会 元副会長